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zoom RSS 『許されざる者』:改題『打ち棄てられた者たち』 @ロードショウ・シネコン

<<   作成日時 : 2013/09/21 10:52   >>

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米国アカデミー作品賞受賞のクリント・イーストウッド監督作品『許されざる者』、舞台を明治の日本、蝦夷から北海道へと変わろうとする北の大地に移し替えてのリメイク。
監督に李相日、主演に渡辺謙、期待するなというほうが無理な相談。
で、映画。

いやぁ面白かった! っていいたいところだけれど、でも、まぁ面白かった。
これがオリジナル脚本でオリジナルの映画だったら、久々の大作映画を満喫した(ただし、ちょっと冗長だけれど)、って感想になるはず。

イーストウッド作品の幻影が、亡霊のように透けて見えてしまうから厄介だ。
とはいえ、原作品をあまり覚えていないのだから、この自縄自縛はなんだろう。
たしか、暗くて雨が頻(しき)りに降っていて、街を牛耳る保安官も、対峙するガンマンもどちらも悪。
悪をもって悪を征す、というのとは違って、悪と悪が対峙せざるを得ない・・・
そんな映画だったような。

で今回は「悪」の要素は雪の彼方に消えていき、「打ち棄てられた者」たちが生きるために戦わざるを得ない、そんな構図になっている。
その視点でみると、かなり面白い。

主人公・人斬り十兵衛、かつての仲間・金吾は賊軍の残党。
彼らに加わる沢田五郎はアイヌとの混血で、アイヌからも和人からも見放されている。
鷲路の村を牛耳る大石一蔵も、政府側とはいえ、北の果てに流れ着かざるを得なかった。
事件の発端となる女郎たちも、売られ売られて、流れ着いた。

誰もかれもが、流れ着いた・行き場のない・打ち棄てられた者たちなのだ。

そして、賞金が懸けられたふたり、女郎の顔を切った男たちだけが、自らの意志で北の地にやってきた開拓民。
その皮肉さ。

ユーラシア大陸の東の端の島国・日本の縮図を意識したのだろうか。
それとも、北海道に舞台を移し替えることから、図らずもこのような構図になったのだろうか。

打ち棄てられた者たちのなかで、最後に生き残り未来を育むのが、顔に疵もつ女郎と沢田五郎。
それに残された十兵衛の息子ふたり。そのふたりもアイヌとの混血である。
このあたりは、李相日監督のアイデンティから来るものなんだろう。

映画としての狙いが異なるのだから、イーストウッド監督作品にヒントは得たが、かなり面白い久々の大作映画、という評価でいいんじゃないかなぁ。

評価は★4つとしておきます。

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2013年映画鑑賞記録

 新作:2013年度作品
  外国映画26本(うちDVD、Webなどスクリーン以外12本)
  日本映画13本(うちDVD、Webなどスクリーン以外 1本)←カウントアップ

 旧作:2013年以前の作品
  外国映画43本(うち劇場 2本)
  日本映画 8本(うち劇場 1本)
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