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zoom RSS 『追憶と、踊りながら』:見どころはあるが、甘い情動に流されすぎ @ロードショウ・単館系

<<   作成日時 : 2015/06/21 10:21   >>

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海街diary』の余韻を引きずりつつ、その3日後に観た『追憶と、踊りながら』。
先週は、さながら名匠週間のようでした。
鑑賞順では『海街diary』、ポランスキー、本作、『ぶどうのなみだ』、ブレッソンキューブリック
本作が長編デビュー作のホン・カウ監督には、かなり分が悪いです。
さて、映画。

ロンドンの介護ホームで暮らすカンボジア系中国人のジュン(チェン・ペイペイ)。
夫とは遥か昔に死に別れ、ひとり息子のカイ(アンドリュー・レオン)に頼って生きてきた。
そのひとり息子も先ごろ事故死してしまい、いまは、息子のことを思い出しながら生きていくだけ。

そんなある日、息子のルームメイトである青年リチャード(ベン・ウィショー)が訪ねてくる。
リチャードはジュンの面倒をみようとするが、彼女は心を開いてくれない・・・

というハナシ。

かなり興味深い題材なのだが、どうも、観ている方のこころに上手く沁みてこない。

冒頭に描かれる、介護ホームのジュンの部屋でのカイとのやりとり。
(これは、その後、何度も登場し、カイが亡くなる前日のハナシだと判る)
それに続く、ジュンによるカイの追憶(幻影)。

この冒頭のカッティングが曖昧で、リズムに乗りきれなかった。

リチャードが現われた後も、狙いがいまひとつ。

彼は、カイがどうしてもジュンに打ち明けられなかった事実(ゲイであること)を告げるとともに、カイの替わってジュンの面倒をみようというのが本心。
ジュンが英語を話せないことから、事実を告げるタイミングが見つからず、もどかしい情況に陥ってしまう。

このもどかしい情況の中で、リチャードによるカイとの回想が度々繰り返され、これもまた、映画のリズムをへんに中断してしまう。

もどかしい状況を打破するため、リチャードはヴァン(ナオミ・クリスティ)という女性を通訳として雇うのだが、それにより観ている方のもどかしさは増えてしまう。
中国語から英語、英語から中国語。
二重言語のやりとりになり、ただでさえもどかしいのに、ヴァンが訳す言葉には、いくつか彼女なりの配慮(遠慮や意図)があって、そのあたりが字幕では上手く伝わってこない。

「国も世代も性別も異なるふたりが、互いに解かりあうのは、こんなにももどかしい」ということならば、これはこれで成功しているのかもしれない。

しかし、随所に挿入されるジュンとリチャードの回想(追憶)シーンやイメージシーンが、あまりに甘ったるくて情緒に流されすぎている。
特に、クライマックスのジュンが「わたしは孤独に生きるしかない」という長台詞のシーンに、登場人物たちのダンスシーンが挿入されるに至っては、大いにがっかりした。

題材はいいが、重量な主題を盛り込みすぎて、脚本を兼ねた監督の力量が不足している、というのが正直なところ。

見どころはあるものの、評価は★★☆(2つ半)としておきます。



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2015年映画鑑賞記録

新作:2015年度作品:43本
 外国映画33本(うちDVDなど 5本)←カウントアップ
 日本映画10本(うちDVDなど 0本)

旧作:2015年以前の作品:71本
 外国映画57本(うち劇場14本)
 日本映画14本(うち劇場 3本)
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コメント(1件)

内 容 ニックネーム/日時
確かに、感情に流されすぎでしたね。作品的にはイマイチでもアンドリュー・レオンとベン・ウィショーの組み合わせは
結構好みでした。
ぷ〜太郎
2015/07/10 01:55

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