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zoom RSS 『ラブバトル』:肉体がぶつかり合う前の過剰な台詞の応酬 @名画座

<<   作成日時 : 2015/11/09 17:03   >>

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近所の名画座で『ザ・トライブ』と同時上映の『ラブバトル』。
監督は、『ポネット』や『小さな赤いビー玉』のジャック・ドワイヨンだが、観るのは初めて。
主演はサラ・フォレスティエジェームズ・シエリー
サラ・フォレスティエはEUフィルムデーズで観た『スザンヌ』があまりいい印象でなかったので、少々不安・・・
さて、映画。

父親の葬儀及び遺産相続のために、父親が遺した家に戻ったサラ・フォレスティエ。
財産分与を巡って兄姉とトラブルに。
家の近所に仮暮らしをするジェームズ・シエリーのもとを訪れるが・・・

というハナシ。

「言葉は不要、身体でぶつける愛と憎しみ」と銘打っての2本立てだったが、こちらの作品はいささか饒舌。
サラとジェームズが、とにかくしゃべりあう。
それで、サラの過去、ジェームズとの関係も判ってくるのだけれど、あまり説明的でない。

なので、観ている側としても、少なからず余白を埋める必要がある。

サラとジェームズは、過去に一夜を共にした。
しかし、肉体的な関係はなかった。
これがゆえに、幼い時分から、家族のなかで「大切でない存在」「みえない存在」と扱われてき、またこれまで信頼できる人がいないがゆえに好き放題に異性との情交を繰り返してきたサラは、ジェームズの中に、父親と異性の両方をみるのであった・・・

ということで、サラが、いちばん身近な他人(家族)と、遠くて近しい他人(異性)との間で折り合いを付け、そのどちらに対しても自身を解放していくハナシ、と解釈してみた。

しかし、これが正しい解釈でないかもしれない。
埋める必要がある余白は、セリフの過剰さと比べると甚だ大きいから。

おやや、この映画、「身体でぶつける愛と憎しみ」でなかったのかしらん?

たしかに、サラとジェームズとの肉体のぶつかりあいは多い。
がしかし、まずサラが越えていかねばならないのは、セリフから受け取れば、父親との関係のようで、男女の関係ではない。
したがって、ふたりの肉体のぶつかり合いもエロティシズムからほど遠い。

己が肉体が、相手の肉体を凌駕し、一体化する昂奮からは、かけ離れて遠い。

セザンヌの名画『愛の闘い』にモチーフを得てジャック・ドワイヨンがつくった本作、かなり頭の中で拵えすぎな感がして、残念ながら鼻白む思いがした。

評価は★★★(3つ)としておきます。



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2015年映画鑑賞記録

新作:2015年度作品:105本
 外国映画75本(うちDVDなど16本)←カウントアップ
 日本映画30本(うちDVDなど 5本)

旧作:2015年以前の作品:117本
 外国映画94本(うち劇場17本)
 日本映画23本(うち劇場 8本)
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