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zoom RSS 『恋人たち』橋口亮輔監督:個人は描けたが、世間は描けてないのでは・・・ @ロードショウ・一般劇場

<<   作成日時 : 2015/12/12 23:56   >>

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ぐるりのこと。』以来7年ぶりの橋口亮輔監督作品『恋人たち』は、今年、一・二を争う注目作品。
前作『ぐるりのこと。』では、夫婦の物語を通して、日本という国全体を文字どおり「ぐるり」と見廻した。
謳い文句の「それでも人は、生きていく」というのも心に引っかかる。
さて、そんな期待を胸に、映画のこと。

主人公は三人。
橋梁の安全点検作業者のアツシは、数年前、通り魔に妻を殺害された過去を持っている。
夫と反りの合わない姑と三人暮らしの主婦の瞳子は、弁当をづくりのパートをしながら、退屈な日々を送っている。
同性愛者の弁護士の四ノ宮は、相手を見下していることを悟られ、同棲相手から別れを切り出されてしまう。

そんな彼らが、居場所を求め、居場所を探し、自分の気持ちと折り合いをつけて生きていく、そんなハナシ。

主人公の三人を演じるのは、これまで演技経験のない、いわば素人。
橋口監督とのワークショップで、役作りをしたという。

彼らが表現する感情は痛いほど伝わってくる。

自分の気持ちは、どうしたら他人が判ってくれるのだろうか。
自分は、不当に扱われている(しまっている)のじゃなかろうか。
自分に居場所なんかないんじゃないか。
なんだか、あまりにも理不尽な世の中だ・・・

そんな感情が吐露され、爆発する。

たしかに、そういう気持ちはわかる、そういう気持ちになることもある。
しかし・・・
そういった「自分が」「自分は」ばかりを見せられると、観客としてツラくなる。

『ぐるりのこと。』もツラいハナシだったが、夫婦ふたりに感情移入したり、自己投影したりして、そういうことで「ぐるり」と世間が見えたけれど、この映画ではそれが見えない。
なんなんのだろうか、この違い。

考えてみると、主人公三人を取り巻くひとびとのエピソードが薄っぺらいからではありますまいか。
特に、かなりの尺を割いて描かれる瞳子に絡む光石研と安藤玉恵のエピソードが作り物めいている。
そして、ふたりが演技すればするほど、ハナシが嘘にみえてくる、世間が嘘にみえてくる。

そういうように見えてしまうと、「自分が」「自分は」といっている主人公三人の感情の吐露も爆発も、うまく受け取る(受け容れる)ことができなくなってしまった。

個人は描けているが、世間は描けていない。
『ぐるりのこと。』とは、そこが大きな違いでしょう。

とはいえ、やはり今年一・二を争う注目作品ということは変わらないので、評価は★★★★(4つ)としておきます。

<追記>
鑑賞後の感情が、いつまでももやもやとして、まとまってこなかった作品です。
結果、レビューアップに1週間もかかってしまいました。


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2015年映画鑑賞記録

新作:2015年度作品:122本
 外国映画87本(うちDVDなど19本)
 日本映画35本(うちDVDなど 7本)←カウントアップ

旧作:2015年以前の作品:125本
 外国映画102本(うち劇場18本)
 日本映画 23本(うち劇場 8本)
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コメント(1件)

内 容 ニックネーム/日時
そうですね、世間の評判がすこぶるよいので批判するのがためらわれますが、私も同意見です。特にアツシのハナシではあまりの「自分が」に少し辟易しました。気持ち充分すぎるほどわかるだけに、監督にはもっと客観性をもって描いてほしかったです。
ぷ〜太郎
2016/03/29 01:54

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