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zoom RSS 『92歳のパリジェンヌ』:人生の最期に「充分生きたよ」といえるような生き方をしたいものだ @DVD

<<   作成日時 : 2017/05/15 00:19   >>

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昨秋公開のフランス映画『92歳のパリジェンヌ』、DVDで鑑賞しました。
観てからすぐにレビューが書けなくて、放置していたら1週間経ってしまいました。
タイトルだけみれば、頑固で元気なばあさんのお話で、ホロっとさせられるのかと思いきや・・・という映画でした。
さて、映画。

パリの古いアパルトマンにひとりで暮らすマドレーヌ(マルト・ヴィラロンガ)。
92歳の誕生日のお祝いの席で、家族に向かって宣言した。
「2か月後にわたしは逝きます」と。
うろたえる家族。
だが、若い頃に社会活動家だった彼女の信念は堅く・・・

というハナシで、まぁ、これがコメディだったら、てんやわんやの騒動をしているうちに、件のマドレーヌがぽっくり逝って・・・というような展開になるのだろうが、そんなことはならない。

はじめのうちは、マドレーヌの自決を止めよう必死になる息子(アントワーヌ・デュレリ)と娘(サンドリーヌ・ボネール)だったが、そのうちに「もう十分生きた」と思っているマドレーヌの意志を尊重する方向に転換する。
いやぁ、そう簡単に、親の自決を受け容れられるものなのかとも思うが、もしかすると、マドレーヌが言い出すのが突然なだけだったのかもしれない。

たとえば、80歳を過ぎたぐらいから、顔を合わす度に、「わたしが生きるのは90歳まで。それまでは充分に生きたい。でも、それを過ぎたら、もしかしたら、わたしは自分で逝くかもしれない」と言い続けていたら、息子も娘も納得していたかもしれない。
そんなこともないのかもしれないが、そうだったかもしれない。

人間はただの動物じゃなく、社会的な動物なのだ、とよく言うが、そうならば、死ぬのを自然に任せるのではなく、自ら死ぬ時期を決めてもいいのではないか。
いやいや、もしかしたら、自然界の動物でも死期を悟れば、死への道筋なり行動を取るのかもしれない。

他人に死期を決められるのはもってのほかだが、自分で決めるのはいいのかもしれない。
それぐらい、フランスの個人主義は進んでいるのかだろうか。

いやいや、フランスでも自死は認められていない、それは『母の身終い』でも描かれていた。

そんなあれやこれやを考える映画なのだが、ともかくも、人生の最期に「充分生きたよ」といえるような生き方をしたいものだ。

評価は★★★☆(3つ半)としておきます。

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2017年映画鑑賞記録

新作:2017年度作品:34本
 外国映画27本(うちDVDなど 4本)
 日本映画 7本(うちDVDなど 0本)

旧作:2017年以前の作品:36本
 外国映画30本(うち劇場鑑賞 9本)←カウントアップ
 日本映画 6本(うち劇場鑑賞 1本)
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