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zoom RSS 『ニュー・シネマ・パラダイス』:ラストのキスは、故郷から届いた残酷な贈り物かも @名画座

<<   作成日時 : 2017/08/02 09:10   >>

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久しぶりの名画座鑑賞は、ジュゼッペ・トルナトーレ監督の『ニュー・シネマ・パラダイス』。
1989年の初公開版、124分の尺のもの。
初公開時に観て以来なので、27年ぶりといったところか。
後にビデオ発売された170分の完全オリジナル版は観ていない。
さて、映画。

ローマで暮らす映画監督のサルヴァトーレ・ディ・ヴィータのもとに訃報が伝えられる。
シチリアで暮らす母からのもので、アルフレードが亡くなったというものだった。
アルフレード・・・

パラダイス座の映写技師。
幼い頃に頻繁に訪れていた映写室・・・

サルヴァトーレの脳裏に、当時のことが蘇る・・・

といったところから始まる物語で、30年帰っていなかった故郷シチリアの生活が長い長い回想シーンで語られていく。

初公開時に鑑賞した際、かなり感銘を受けたのだが、その後、『海の上のピアニスト』『マレーナ』『題名のない子守唄』、それに近作の2本『鑑定士と顔のない依頼人』『ある天文学者の恋文』とトルナトーレ作品を観るたびに、どんどんどんどん不愉快になっていき、その源泉がどこにあるのか気になっていました。
もしや、この映画にもそんなぶぶんがあるのだはなかろうか、と危惧していたのですが、この映画にはその不愉快さがない。

いつも感じていた不愉快さの源泉は、主人公を必要以上に翻弄して、不幸のどん底に陥れるという点。
新作を観るたびに、主人公に優しくない監督だなぁ、と常に感じていたということ。

で、この映画、ふたつのキーワードがある。

可燃性フィルムが燃えて火事になり、そのために盲目になったアルフレード(この設定、結構、運命の皮肉のようで厭なのだが)が、青年になったサルヴァトーレにいう台詞。

「人生は、映画のようじゃない」
「郷愁(ノスタルジー)に惑わされるな」

このふたつ、人生に対する同じような教訓。

人生は、映画のようなハッピーエンドではない(つまり、都合のいい展開にはならない)。
苦難があったときに、故郷(ノスタルジー)に逃げ込んでも解決にはならない(つまり、ノスタルジーに逃げ込んでも幸せにはなれない)。

このふたつの基本的な考えがあるから、トルナトーレ作品の主人公は、常に不幸な道筋をたどってしまうのか・・・

で、この映画。

なんと、このふたつが描かれていない。
170分版にはあるのかもしれないが、こちらの124分版にはない。
サルヴァトーレが意を決して、故郷を離れてローマに向かうところでバッサリ終わらせ、その後30年の人生が描かれていない。

それゆえに、郷愁(ノスタルジー)たっぷりの、映画のような甘美なエンディングになっている。

しかし、もしかしたら、最後に映し出されるキスシーンの嵐は、描かれなかった30年のサルヴァトーレの人生を想像すると、中年になったサルヴァトーレにとって、帰らなかった故郷から届いた「残酷な」ノスタルジーなのかもしれない。

そう考えると、やっぱり厭な監督だなぁと思ってしまう。

評価は★★★★(4つ)としておきます。

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2017年映画鑑賞記録

新作:2017年度作品:53本
 外国映画40本(うちDVDなど 7本)
 日本映画13本(うちDVDなど 0本)

旧作:2017年以前の作品:47本
 外国映画41本(うち劇場鑑賞11本)←カウントアップ
 日本映画 6本(うち劇場鑑賞 1本)
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