『失われた肌』:濃厚濃密、愛に囚われてしまった女と男

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シネコンで観る映画は、どちらかというと「小奇麗な」という形容詞が相応しい。
久し振りに渋谷のミニシアターで観た本作品は、濃厚で濃密で肌触りや匂いや臭いが画面から漂ってきそうな映画でした。
それもそのはず、監督のヘクトール・バベンコといえば『蜘蛛女のキス』『黄昏に燃えて』の監督。特に、後者はジャック・ニコルソンとメリル・ストリープの二大俳優が浮浪者となって繰り広げる一風変わった恋愛映画だった。

さて、本作品。

幼い頃から友だちの女と男、ソフィアとレミニ。ふたりはハイティーンの頃に結婚して、既に12年の歳月。
倦怠の夫レミニは、ソフィアに別れを切り出す。
表面上は離婚を受け容れるソフィアだが、レミニへの想いは棄てきれず、彼に付きまとう。
一方、レミニは若いモデルと交際を始めるのだが・・・・

ひとことで云えば、逃れたい男と離したくない女の物語、である。

離したく女は初めは「ただもういちど会って欲しい」という程度なのだが、そのうちに過激に過剰になってくる。
レミニでなければダメなのだ、という想いが募りに募ってくる。

逃れたい男の方も、次々と相手を変えて別の女性と交際するのだが、ソフィアの影がみえて上手くいかない。
と、いうよりは、彼が図らずも選んでしまう女性は、どことなくエキセントリックで、そもそもが上手くいくはずもない。

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そして、漸(ようよ)う比較的平凡な同業の通訳者と家庭を持ったときは、やっと幸せな家庭が築けるかと思いきや、ソフィアがレミニにひとり息子を攫(さら)ってしまうという事件により、崩壊してしまう。
ただし、この事件で家庭が崩壊するのは、ソフィアが一方的に悪いわけでなく、息子が攫われた後、酒へと逃げ道を求めて、何の解決の道を選ばなかったレミニも、相当の責があるのだが・・・

ここからは、短時間で破滅の生活に転落するレミニ。
その汚れようは、凄まじいのひとことである。

そして・・・・

結局のところ、ソフィアとレミニは離れることができない。

ソフィアは、ひとりの男を想い続ける自分をアデル・Hと重ね合わせており、ひとりの男を想い続ける女たちが集う場所を「アデル・H」と名づけて主催する。
アデル・Hは、文豪ビクトル・ユーゴーの娘で、ひとりの男を狂おしいまでに、狂えるまでに愛し続けた女性である。

この狂えるまでの愛、離れようとしても結局は離れられない愛。
「腐れ縁」という言葉では綺麗すぎる。
「割れ鍋に綴じ蓋」でも綺麗過ぎる。
尾籠(びろう)で、下品な言葉なかもしれないが、「腐れ○○○に腐れ○○○」と表現するしかないような愛。

頭では理解できないし、心も半分ぐらいでしか理解できない。
けれど、これが「究極の愛」といわれれば「そうなのかもしれない・・」と思うしかない。
「究極の女と男」ということであれば、やはり「そうなのかもしれない・・・」と思う。

衝撃度(というか、打ちのめされてグッタリした度合い)では、本年度いちばんである。
★4つとしておきます。

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この記事へのコメント

優駿
2009年05月17日 15:09
りゃんひさサンの話を聞いたら、気になって仕方なく、渋谷まで行って来ました。

ソフィアが開催する「アデル・H」サロンも わからんし、
結婚12年もたった相手に、あれだけ執着する気持ちが理解でけん。
嫌がる相手を追い回すのはストーカー。怖すぎる。
女がみんな強烈すぎてついていけん(-_-;)

だらしないけど、女をひきつけるレミニ役のガエル君は、やっぱり魅力的。
(ハンサムだけど、背が低いから全身のバランスが悪い←頭がデカイ。完璧でないところも良い)

舞台となったブエノスアイレスの街並みが、異国情緒たっぷりで とてもステキ!

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