『オール・アバウト・マイ・マザー』:母性=受け容れること、を再認識@レンタルDVD

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1998年製作なので、ほぼ10年を経過したペドロ・アルモドバル監督の代表作『オール・アバウト・マイ・マザー』をレンタルDVDで鑑賞しました。
2009年TSUTAYA名作100選の一本を、レンタル最終日にわが妻が借りてきた、という次第。
初公開時にも観ていますが、その時の印象は「終に登場するヒロイン・マヌエラの元夫エステバンがジェンダーを超えた様子が圧倒的」だったということ。
いやぁ、あまりに印象が強烈かつ鮮烈で、それまでのストーリーを殆んど失念していました。
さて、今回観直して・・・

直前に観た『私の中のあなた』の母親と、えらい違いだ、ということです。

主人公のマヌエラは、一人息子のエステバンの死を、どうにかこうにか受け容れていきます。
その受け容れる過程で、ホントウの女性になりたい女装の娼婦アグラードや女性しか愛せない大女優のウマ、そして修道士でありながら半女性半男性の元夫エステバンと関係を持って子供まで宿したシスター・ロサを、友人として、愛すべきひととして、自分を愛してくれるひととして受け容れていきます。

この「受け容れる」ということが、まさしく監督アルモドバルが理想とする母性であり女性(にょせい)であるのでしょう。
ここいらあたりが、『私の中のあなた』の母親像と大きく異なるとこです。

そうです、映画は、女性(にょせい)たちのメロドラマでもあり、強靭な精神の映画であります。
ですから、男性のわたしから観れば、マヌエラの別れた元夫を女装の麗人にすることなどなく、「身勝手で酒やドラッグに溺れて女に弱い男」であっても、成立するようなストーリーだと思うのですが、(そんな設定にすると、アルモドバルというよりはサム・シェパードの映画のようになるかもしれませんが)、男性=元夫を「許せる存在」として描くには、このような設定が必要だったのかもしれません。
なにせ、同じような自堕落で身勝手で許されざる男性は、この後のアルモドバル監督『ボルベール 帰郷』では、あっさり殺されてしまうのですから。

初公開当時は、同じく強靭な女性を主人公とした『ライブ・フレッシュ』と時期近くして公開されて、アルモドバル監督に脂ののり切った感がありました。
代表作の1本です。

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