『みんなの学校』『バベルの学校』:ところ変われば学校も変わる、映画も変わる @名画座

今月に入って『きみはいい子』『イロイロ ぬくもりの記憶』『ローマの教室で ~我らの佳き日々~』と、学校、子ども・青少年、教育についての映画が続きましたが、学校を舞台にしたドキュメンタリー『みんなの学校』『バベルの学校』が近くの名画座で2本立て上映されていたので、鑑賞してきました。
ところ変われば学校も変わる、映画の作りかたも変わる・・・と改めて思った次第です。
さて、映画。

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みんなの学校

大阪市住吉区にある市立大空小学校の全校児童は300人を少々超える程度。
ただし、特別支援を必要とする児童は、各学年に10名程度いる(ということは、約5分の1が特別支援が必要ということだ)。
目指しているのは「すべての子どもに居場所がある学校」。
教職員のみならず、児童やさらには地域住民が一体になって、児童の教育に当たっている・・・

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バベルの学校

フランスの中学校の適応クラス。
ここはフランスにやって来たばかりの移民の子どもたちを対象にしたクラスで、生徒は20数人。
生徒たちの出身国もさまざまで、原言語も宗教も分化もさまざま。
なので、それぞれが衝突することもしばしば・・・

どちらも1年間のドキュメンタリーです。
ところ変われば学校も変わる、映画の作りかたも変わる、です。


みんなの学校』は、児童ひとりひとりに焦点をあてるとともに、彼らを取り巻く大人たちを含めて描いていきます。

教育方針も、着眼は「自身の成長のために、どれだけ努力をしたか。がんばった成果としての成長(到達点)」です。
過程と結果、どちらが欠けてもいけないのです。

そして、児童に対する見る側・接する側が変われば、児童の方も変わっていく、そういう強い信念があります。

「見る側・接する側が変わる」というのは、その児童をありのままに受け容れる、ということ。

ありのままに受け容れる、というのは難しい。
「受け容れてくれ」「認めてくれ」という方も、他者を受け容れ、認めなければならないから。

これはなかなか難しい。
それを実践している学校に、寄り添いながら撮ったドキュメンタリー。

ひとりひとりのキャラクターも立っていますが、全体としてのハーモニーも感じました。

★★★★(4つ)の評価としておきます。


バベルの学校』は、個人主義が徹底したフランス映画、という感じが画面から滲(にじ)み出ています。

映画が捉える対象は、生徒ひとりひとり。
ほとんど生徒の顔のアップが続きます。

顔のアップで進める手法は、個人個人をとらえる・追及する手法としてヨーロッパ映画でしばしば使われますが、観ていて苦しくなってきました。

ローティーンの生徒たちも、自我が確立していて、非常に自己主張が強い。

教育方針も、着眼は「自身の到達点」です。
過程はあくまで結果にいたるもの。
で、その過程も、どれだけ努力したかではなく、どれだけものごとを理解したか、です。

1年の後半で、短編映画を撮るという共同作業を通じて、お互いを理解していくのですが、そのお互いに対する理解も・・・どういえばいいのかわからないのですが、こころからわかった(受け容れた)というのではなく、あくまでも理解した、という感じ。
(「理」なんだよなぁ)

原言語も宗教も分化もさまざまだからこそ、まず相手のことを知る・解かるということなんでしょうが、そこから先へ進めなくて、なかなかもどかしいようにも感じました。

こちらは★★★(3つ)の評価としておきます。
(顔のアップの連続は、どうしても評価できないもので)



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2015年映画鑑賞記録

新作:2015年度作品:50本
 外国映画38本(うちDVDなど 6本)←カウントアップ
 日本映画12本(うちDVDなど 0本)←カウントアップ

旧作:2015年以前の作品:78本
 外国映画64本(うち劇場15本)
 日本映画14本(うち劇場 3本)
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