『ヤクザと憲法』:どんなアカンヤツでも、受け容れてくれる社会がいい @名画座

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昨年年頭からロングランされていたドキュメンタリー映画『ヤクザと憲法』、名画座で鑑賞しました。
森達也監督『FAKE』と同時上映。
個人的には、こちらに期待していった2本立てでした。
さて、映画。

東海テレビが大阪西成区に事務所を置くヤクザ組織に、同意のうえでカメラを入れた作品。

ま、それ以上でもそれ以下でもない。
ヤクザ組織にカメラが入ったのがこれまであるのかないのかは知らない。

そもそも、60年代から流行した任侠映画・ヤクザ映画にはほとんど観ておらず、そういう世界のひとにはまるで関心がなかった。
そりゃまぁ、何度か出くわすこともあったけれど、それとこれとは別。

なので、どこに惹かれたかといえば「憲法」ということ。

ひと、みな等しく法の下で平等であるべき。
違法であっても、違法でない部分では平等であるべき(違法の部分は、それ相応であるのもしかるべき、と思うわけだが)。

ということで、この映画を観ると、まぁヤクザ社会も一般の組織とそれほど違わない。
収入がなく苦労しているが、かつての仲間は大切にしたい、と、人間的でもあるわけで。

興味深かったのは、この映画の撮影主対象となるヤクザ二次組織(一般的に言えば、大手ベンダーの二次受けの中小企業のようなものか)に、希望して(!)はいった若いアンチャン。
歳は21。
上部組織に入れてほしいと直談判したが蹴られ、いまの組織に拾われたという。

かれ、そんなに賢そうに見えない。
口の回らないところもあり、学生時代はイジメられていたかもしれない。

そんな彼がいう言葉が印象的だ。

「どんなヤツ(アカン、ダメなやつ)でも、受け容れてくれる社会がいい」

ちょっと、翻訳したかも。
意味はそんなところ。

「ダメなやつだと思うと、いじめの対象になったり・・・ダメなやつでも生きていける・・・そんな社会が、いい社会とやと思うんですけど」
みたいな言い方だったけど。

そうよ、そうなのよ。
ヤクザがいいとは思わないけれど、みなと違うひとを排除する社会って、ぜったい優しくない。

みなと違う、っていうのは、ちがうかどうか以前に、そういうレッテルを貼ってしまうっていうことも多々あるはず。

そりゃまぁ、みんながみんな、品行方正で(この言葉を使うのもちょっといやなんだけれど)、生産性が高くてって、ということが理想なのだけれど、そういうわけにはいかない。

そして、みなが画一的な生産性を生むことを当然とすべし、となったら、社会は、20世紀のディストピア小説や映画のようになってしまう。
もう、そうなっているのかもしれないが。

評価は★★★☆(3つ半)です。

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2017年映画鑑賞記録

新作:2017年度作品:23本
 外国映画19本(うちDVDなど 3本)
 日本映画 4本(うちDVDなど 0本)

旧作:2017年以前の作品:30本
 外国映画24本(うち劇場鑑賞 6本)
 日本映画 6本(うち劇場鑑賞 2本)←カウントアップ
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