『肉弾』『陸に上った軍艦』:不条理で滑稽な戦争末期を描いた2本 @名画座

終戦の日を挟んだ週に上映されたのがこの2本、『肉弾』『陸に上った軍艦』。
いずれも不条理で滑稽な戦争末期を描いたもの。
鑑賞順に、さて、映画。

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最初に観たのは『陸に上った軍艦』。

なんだか、ヘルツォーク監督の『フィルカラルド』を思わせるようなタイトルだが、一度も海に出ていかなかった日本海軍の部隊に召集された脚本家・新藤兼人の実体験をインタビューと再現ドラマで構成した映画。
新藤監督の遺作『一枚のハガキ』の元ネタ。
ドラマ部分では新藤役を蟹江一平が、同輩の森川役を滝藤賢一が演じており、滝藤については最初期の映画出演。

新藤が召集されたのは終戦のほぼ1年前。
接収した宝塚大劇場を軍艦に見立てての訓練がなされる(タイトルの由来)。
前半は暴力横行の軍隊式訓練。
その理不尽な暴力にどんどんと麻痺していくと語るあたりは、キューブリック監督の『フルメタル・ジャケット』などでも描かれたとおり。

戦争は、人間性を否定する。

後半描かれるのは、戦争終盤となり、物資が困窮するなかでの、不条理(理解不能)な作戦の数々。

本土決戦に備えての食料確保のために、近所の池に放流される鯉一万匹。
その鯉の餌として、捕まえられるハエ千匹。
しかし、ハエたちが池にまかれると、そこに鯉の姿はない・・・

上陸してきた戦車に向かって、弾薬を抱えて特攻する肉弾戦の訓練。
戦車は板張り、キャタピラの代わりに六つの車輪、前方に付けらた縄をえっちらおっちらと引いていく・・・

最後は、闇夜に乗じた軍刀での襲撃訓練。
相手をごまかすために、靴を前後反対に履いて・・・
と、ここまで来ると、ほとんどコントだが、まぁ、もうほとんど冷静な判断ができなくなっていたのであろう。

と、戦争の不条理さを描いたわけだが、それよりなにより、やはり驚嘆すべきは新藤兼人の生命力。
この映画の時点で95歳。
こののち、『石内尋常高等小学校 花は散れども』『一枚のハガキ』と2本も監督作品を発表している。

評価は★★★☆(3つ半)としておきます。


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続いて観たのは『肉弾』。

岡本喜八監督の1968年作品。

肉弾とは、兵士が弾丸の代わりとして敵陣に突入すること。
この映画の中では、主人公は爆薬の入った箱を抱えて、上陸してくる敵戦車めがけて、突進する訓練を幾度となく繰り返している。

時期は終戦まで半年もない頃のこと。
幹部候補生として召集された主人公(寺田農)は、まだ女を知らない21歳。
弁が立つ彼は、食糧不足に対して区隊長(田中邦衛)に盾突いたことから、豚扱いされ、眼鏡一丁での訓練を命じられる。
が、肉弾特攻兵として命が下ったときから「軍神」として扱われる。
そんな土砂降りのある日、一日だけの休暇を得た彼は女を買いにバラック小屋の女郎街に赴く。
オバケ、オバケの女郎のなかで、因数分解に取り組む可憐な少女(大谷直子)を見つけ、この娘こそ自分の観音様だと天啓がひらめく・・・

といった前半は、編集も冴え、軍隊も街も猥雑で、死と隣り合わせながら生命力を感じ、非常に面白いのだが、中盤以降、延々と続く砂浜でいつ来るともわからない敵戦車に向かって独り訓練を繰り返す主人公が描かれるようになってからは、面白さが半減。
茫漠たる砂浜で、一度に登場する人物も限られ、まるでシュールな舞台劇を観ているような感じになってくる。
また、ひとつひとつのエピソードが少々くどい感じもする(前半、多用された印象的なインサートショットもない)。

そして、終盤は、魚雷を括りつけたドラム缶に入って、ひたすら敵艦が来るのを待つ・・・

中盤以降の主人公は、ひたすら待つ、待つだけだ。
無為に、無意味に、じりじりと奪われていくだけの命。

そうか、この映画は「待つ戦争」を描いた映画なのか。
そして、挙句、主人公は若さも、生命も奪われてしまう。

なんとも不条理なことか・・・
虚無、ともいえる。

評価は★★★★(4つ)としておきます。


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2017年映画鑑賞記録

新作:2017年度作品:58本
 外国映画44本(うちDVDなど 7本)
 日本映画14本(うちDVDなど 0本)

旧作:2017年以前の作品:49本
 外国映画41本(うち劇場鑑賞11本)
 日本映画 8本(うち劇場鑑賞 3本)←カウントアップ
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