『セル』:希望のない幸せを描くラストにキング節炸裂 @DVD・レンタル

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昨年公開のスティーヴン・キング原作小説の映画化『セル』、DVDで鑑賞しました。
原作小説は文庫本上下2冊のボリューム。
まぁ、簡単に映画化出来るとは思わないのですが、キングの小説は微に入り細を穿った描写だから、出来事を綴るだけだと薄っぺらくなっちゃうのは、これまでの映画化作品でもたびたび見受けられました。
さて、映画。

ボストン空港に到着したグラフィックノベル作家のクレイ(ジョン・キューザック)。
妻子と会うのを愉しみしていたところ、空港内は突然の阿鼻叫喚。
理由は不明ながらも、携帯電話で話していた人々が、突然、狂気に駆られ、他者を攻撃するようになってしまった。
逃げ込んだ地下鉄の駅で、元米軍兵士のトム(サミュエル・L・ジャクソン)と知り合い、妻子の安否を確認する旅に出かけるが・・・

といったところから始まる物語で、原因不明の暴徒の中の脱出行というのは目新しくないし、ましてや暴徒たちの様子がジョージ・A・ロメロが生み出したゾンビと酷似しているとなると、もうそれだけで途端につまらなくなる・・・はずなんだけれど。

面白かった! とまず言っておこう(とはいえ、諸手を挙げての面白さではないのだけれど、言っておかないとキングファン魂が落ち着かない)。

冒頭から30分は、何が起こっているのかがわからない面白さ。
空港ロビーの阿鼻叫喚図は、凄まじい。

が、クレイとトムが仲間を得てからの旅が、どうしても平板。

携帯電話のように、電波(ノイズと表現されていたが)で互いに意識共有を図り、かつ、個性を失っての集団行動にはいる・・・というのは、これまでのゾンビものではなかった描写で、登場人物たちがこれを「進化」といっているあたりも興味深い。

この「進化」というのがこの映画の肝心の部分で、悪のゾンビに対して、善の人間が生き残るかどうかの図式ではないあたり、キング御大自らが脚色している感じがします。
キング曰く、「エンタテインメント小説とは、正常・一般な主人公が、異常な事態に放り込まれる物語」といっているように、この映画でもそう。

このゾンビ的携帯電話人間の世界に放り込まれた主人公、妻子と再会できればハッピーエンドなはずはない。
当然にして、妻はゾンビ的携帯電話人間になっており、息子もそうだった・・・・

その世界での幸せは・・・というのがラスト。

ゾンビ的携帯電話人間たちが巣くうコロニーに到達し、息子と再会した主人公は、最後の最後でコロニーを大爆発させる。
(これは、キングの初期長編小説「ザ・スタンド」と似ている(ま、このときはオチを付けるのに二進も三進もいかなくなった感が強いのだが)。

でも、コロニーを破壊し平和が訪れるはずもなく・・・て、クレイは息子とカナダを目指してふたりで線路上を歩いていくシーンとなります。

これは、あの世でのクレイの願いがかなったシーンと見ることもできますが、その後につづく、ゾンビ的携帯電話人間とともに同化したクレイが暗い中を集団で駆けていくシーンを見ると、先の幸福なシーンはゾンビ的携帯電話人間化したクレイの頭のなかだと解釈できます。

集団で意識を共有する、無個性の個体群の集まり・・・
そこでは、願望も共有され、集団で行動することで、願望が遂げられたと錯覚する世界。
これはある種の幸せかもしれない・・・が、希望のない幸せ。

途中のステレオタイプの冒険脱出行に目をつむってもよいぐらいのキング節。
と、考えると、かなり満足できました。

評価は★★★☆(3つ半)としておきます。

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2018年映画鑑賞記録

新作:2018年度作品:22本
 外国映画17本(うちDVDなど 1本)
 日本映画 5本(うちDVDなど 0本)

旧作:2018年以前の作品:14本
 外国映画12本(うち劇場鑑賞 1本)←カウントアップ
 日本映画 2本(うち劇場鑑賞 0本)
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