『僕の村は戦場だった』:大人は判ってくれない、戦場篇 @特集上映

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前回記事の『かくも長き不在』に続いて、旧作映画のレビューです。
映画は『僕の村は戦場だった』。
1962年製作のアンドレイ・タルコフスキー監督長編デビュー作です。
日本では翌63年に東和配給でロードショウされ、その後、何度も上映されているのですが、これまで見逃していました。
今回は、今年4月に国立映画アーカイブになった(旧)フィルムセンターでの上映です。
さて、映画。

美しい野山の道を行く少年イワン(コーリャ・ブルリャーエフ)。
少年の足元は、いつしか宙を舞い・・・
といったところで目が覚める。
イワンの村は戦場になり、焦土と化し、母と妹は死に、軍人だった父親も戦死してしまう。
イワンの心に遺されたのは、ナチスドイツへの復讐のみ。
一時は愛国隊(ゲリラ)に参加していたが、いまはソビエト軍の斥候(偵察隊員)として秘密裡に活動している。
川の対岸のドイツ軍の様子を探って、唯ひとり戻って来たが、行動自体が秘密裡であったため、ソ軍の上級中尉には信用されない・・・

といったところからはじまる物語で、その後、先の上級中尉を含めて三人の軍人がイワンに絡んでくる。

巻頭で示されたイワンの夢(回想、もしくは想像)の平和で穏やかな描写と、戦場での行き詰るような描写が交互に繰り返されていきます。

戦場シーンでは、直截、戦闘を示すシーンがないにもかかわらず、画面外から聞こえる銃声やロケット砲の白煙、火花などによって緊迫感を高める演出は相当なもの。
そして、後年、タルコフスキー=水といわれるほどのこだわりも、暗く沈んだ川や、ソ軍指令室に絶えず響く滴の音や、平和な時の水辺やバケツの中の水といったものが、次々に登場します。

映画はその後、大人の軍人たちは、イワンに「充分戦ったのだから、休養して、幼年学校に入れ」と奨めるのですが、頑として聞き入れず、彼らの隠密作戦に率先して参加するようになります。
そして・・・

原題「IVANOVO DETSTVO」は、イワンの幼年時代の意ですが、彼には青年時代も壮年時代もやって来ない・・・という皮肉なタイトル。
日本タイトルの『僕の村は戦場だった』も、「戦場だったが、いまは・・・」というニュアンスが感じられ、同じような皮肉さを含んだうえに、「村」という言葉にどことなく牧歌的な響きが感じられ、名タイトルだと思います。

評価は★★★★☆(4つ半)としておきます。
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2018年映画鑑賞記録

新作:2018年度作品:46本
 外国映画37本(うちDVDなど 3本)
 日本映画 9本(うちDVDなど 0本)

旧作:2018年以前の作品:44本
 外国映画37本(うち劇場鑑賞 5本)←カウントアップ
 日本映画 7本(うち劇場鑑賞 1本)
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