<回想録>70年代後半の大阪・なんば 道頓堀の映画館

<回想録>70年代後半の大阪・なんばの映画館のこと(番外・追記)(初出:2015/4/22(水))

前回で南街会館も全館巡り終わったので、千日前通りを北へ渡って、道頓堀界隈の映画館について記そうと思っていたのですが、少々寄り道します。
寄り道といっても、すぐ近く。
なんばCITY南館にあったグリーンホールのことです。

ここは名のとおり、映画館ではなく多目的ホールなのですが、ごく短い間だけ毎週(か毎月)土曜日に名作映画の上映をしていました。
まぁ、ホールなので、観客席に傾斜もなく、椅子もパイプ椅子を上等にした程度のものだったので、映画鑑賞に適したところではありませんでしたが。

それでも上映された映画は綺羅星のごとくの作品群。
ここで観たのはチャップリンの長編作品の数々とルキノ・ヴィスコンティ監督の『異邦人』。
他にもあったかしらん・・・
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チャップリンの長編は『キッド』『サーカス』『黄金狂時代』『ライムライト』など。
他の劇場やテレビででも観ているのですが、このグリーンホールで連続して観たので、ここの方をよく覚えています。
『サーカス』の綱渡りのシーンや、『黄金狂時代』の靴ディナーや崖上での小屋のギッタンバッコンなど大笑いしたものです。
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ルキノ・ヴィスコンティ監督の『異邦人』は、当時、とにかく観たかった。
いまのようにソフト化されているものも少なく、『異邦人』は劇場で上映されることも少なかったからです。
カミュの原作は、ほんの2~3ページでリタイアしており、映画化されたこの作品も、なんだか判ったような判らないような。
とにかく、開巻の太陽がまぶしくて、ギラギラしていたことを記憶しています。

さて、寄り道も終えたので、今度は千日前通りを北へ渡って・・・

と、その前に、千日前国際劇場と東宝敷島のことを追記しておきます。
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千日前国際劇場については、以前『キャリー』を観てビックリ仰天大悲鳴をあげたことを書きました。
この劇場は、東映封切りの国際シネマと、日活封切りの国際地下の3館がひとつの建物に入っていました。
国際シネマと国際地下は、残念ながら入ったことはありません。

千日前国際劇場では他に『遠すぎた橋』『スウォーム』『俺たちは天使じゃない』を観たように記憶しています。
それから、お金に余裕があったときには、お隣の「自由軒」でインディアンカレーを食べるのが楽しみでした。

最後に東宝敷島
ここも洋画ロードショウの東宝敷島と、東宝封切りの敷島シネマの2館がひとつの建物に入っていました。
その後、改築されて、「敷島シネポップ」→「TOHOシネマズ なんば 別館」と、現在に至っています。
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この両館にはあまりなじみがなくて、改築以前は、1990年代に入って『波の数だけ抱きしめて』『あの夏、いちばん静かな海。』の2本立てを敷島シネマで観たっきり。

北野武の監督第3作目『あの夏、いちばん静かな海。』があまりに不入りだったので、急遽、夏に上映した『波の数だけ抱きしめて』を併映したと記憶しています。
『あの夏、いちばん静かな海。』は北野武作品の中ではかなり好きな部類の作品で、繰り返し写されるサーフボードを抱えて画面を横切るカップルの姿と、ふたりを追いかけるマヌケな少年ふたりのズンダラな笑いが、とても好ましいです。
とにかく、映画館はガラガラでした。

ということで、次回は、今度こそ千日前通りを北へ渡って、道頓堀界隈の映画館について記そうと思います。


<回想録>70年代後半の大阪・道頓堀の映画館のこと(その1)(初出:2015/4/30(木))

前回の最後に「今度こそ千日前通りを北へ渡って、道頓堀界隈の映画館について記そうと思います」と書いたので、千日前筋の横断歩道で千日前通りを北へ渡ります。
で、道頓堀に・・・

とその手前に一館、千日前OSスバル座がありました。
南OSビルの5階にあった映画館で、『ダウンタウン物語』や『ジョーイ』が上映されていました。
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『ダウンタウン物語』はここで観たわけではないのですが、思い出深いの脱線ついでに記します。

『小さな恋のメロディ』の脚本を書いたアラン・パーカーの監督デビュー作で、子どもの役者たちをつかったミュージカル仕立てのギャング映画です。
ジョディ・フォスターがタルーラという情婦を演じていて、かなり艶めかしいのあります。
ポール・ウィリアムズのオールドファッションの音楽も素晴らしく、LPレコードを購入して何度も聴いたものです。

監督のアラン・パーカーはこの次にシリアスな『ミッドナイト・エクスプレス』を撮り、さらにビターな青春映画『フェーム』も撮り、その多才ぶりで好きな監督のひとりです。
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さて、千日前OSスバル座で観て、思い出深いのは『ジョーイ』。
原題は「SOMETHING FOR JOEY」、ジョーイへ贈るなにか。
『がんばれ!ベアーズ』で映画に目覚めて、ちょうど1年後のお正月にひとりで観ました。

アメリカの田舎町で暮らす平凡な一家。
兄のジョンはアメリカンフットボールに打ち込んでおり、一家は幸せだったのだが、突如、末弟のジョーイが白血病に冒されており余命幾ばくもないことを宣告されてしまう・・・

いわゆる難病映画なんですが、ジョーイ少年と年ごろが近いということと、家族愛・兄弟愛がヘンにお泪頂戴的に撮らずに淡々と描かれているところに感銘を受けたものです。

当時は『がんばれ!ベアーズ』といい『ジョーイ』といいい、スポーツものに感激していたようです。
まぁ、それほどスポーツが得意というわけではないのも関係しているかも。

千日前OSスバル座では映画そのもの以外にもお楽しみがありました。
それは、ロビーで、過去上映していたパンフレットや使用済み半券のセットを売っていたこと。
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パンフレットは買わずに眺めているだけでしたが、使用済み半券セットは何度か購入したことがあります。
半券セットは、だいたいが10枚のセットで、中身は不明(だったと思います)。
なので、手元には観たこともない『ミスター・ブー』シリーズ3本の半券やタイタニック映画の『失われた航海』の半券があります。

ということで、千日前はここまで。
次回こそは、道頓堀の通りの映画館について記します。
まずは、大阪松竹座から。


<回想録>70年代後半の大阪・道頓堀の映画館のこと(その2)(初出:2015/5/7(木))

前回の最後に「次回こそは、道頓堀の通りの映画館について記します。まずは、大阪松竹座から」と書いたので、まずは、大阪松竹座から。

道頓堀通りのいちばん御堂筋寄りにある松竹の看板劇場で、ネオルネッサンス様式の正面大玄関を持つ堂々たる大劇場でした。
現在は、大玄関の様式は残して建て替えられ、歌舞伎の上演を行っていますね。
なお、1997年に再開し、その頃はもう東京に居を移していましたので、歌舞伎を観に行ったことはありません。

この大阪松竹座では『タワーリング・インフェルノ』や『ジョーズ』など、松竹・東急系の大作を上映していました。
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ですが、ここで観たのは、『がんばれ!ベアーズ特訓中』『パラダイス・アレイ』『キング・コング2』『デイズ・オブ・サンダー』と少々小振りな映画ばかり。
特に『キング・コング2』は、3階まである大劇場に申し訳ないと感じるほどの出来でした。

印象に残っているのは『パラダイス・アレイ』。
脚本・主演に加えて、シルヴェスター・スタローンが初監督も務めた作品。

「ヘルズ・キッチン」と呼ばれるニューヨークの下町でイタリア系三兄弟がプロレス稼業に精を出す家族愛を描いた映画です

当時、中学生だったりゃんひさは結構プロレスが好きで、それもジャイアント馬場が率いる全日本プロレスの方。
悪役のアブドラ・ザ・ブッチャーに似ている(といっても、坊主頭で少々肥っているだけなんだけど)友人と2度ほど生のプロレスを観戦しにいったほど。

で、その友人と自宅近くの駅で待ち合わせて自転車で一緒に観に行く約束をしていたのですが、どうも彼が来ない。
ありゃりゃ、どうしたかしらん。
と思って待ち続けているうちに、開映に間に合わない羽目になってしまいました。
まぁ、仕方ないから次の回でもいいかと、劇場まで自転車を走らせて、上映が終わるまで大玄関のところで待っていました。
すると・・・
件の友人、さっさと観終わって、玄関から出てくるではありませんか。
なんじゃぁ、どっちが時間を間違えたのかはわからないが、結局は待ち損ってことに。

まぁ、次の回ひとりで観て、映画は結構面白かったので良しとしておきますか。

お次は、浪花座道頓堀ピカデリー
現在はFOREVER21というビルになっているようで、跡形はありません。

この両劇場は、1階が松竹映画の封切の浪花座で、2階が洋画ロードショウの道頓堀ピカデリーという構成でした。
しかしながら、この劇場、その後目まぐるしく名前や立場が変わります。

もっと東寄りに松竹の演芸館の角座があった間は先のとおりだったのですが、劇場名がややこしいか何かの理由で、1階が浪花座1、2階が浪花座2と改名しました。
その後、角座の閉館に伴い、1階が演芸館の「演芸の浪花座」、2階が松竹映画封切の浪花座2となります。
さらに、角座の跡地に新しい映画館がオープンすると・・・
うーむ、どうなったんだっけ?
とにかく、ややこしい。
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道頓堀ピカデリー時代に観たのは、日本映画の『イーハトーブの赤い屋根』、『科学忍者隊ガッチャマン』と『ピンチクリフ グランプリ』の2本立て、それに『エデンの東』と『理由なき反抗』の2本立てぐらいか。
それにしても『イーハトーブの赤い屋根』なんて真面目な(岩手県の山の分校での教師と子たちの交流を描いた)映画、どうして観たのかしらん。
およそ当時のりゃんひさの嗜好に適っているとは思えないのだけど。

『ピンチクリフ グランプリ』の超絶パペットアニメに驚き、ジェームス・ディーンの2本立ては開映に間に合いそうもないにもかかわらず、傍迷惑なスピードで上町台地を自転車で駈け上り駆け下りて、はぁはぁと荒い息をさせながら観たことを思い出します。
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1階の浪花座1では、松竹映画封切時代に大林宣彦監督の『転校生』を早朝試写で観、洋画ロードショウ時代にはウォーレン・ベイティがアカデミー賞監督賞を受賞した『レッズ』をこれまた試写会で観たのを記憶しています。
その他に、ジェニファー・ジェイソン・リーが殺人を目撃する盲少女を演じた『他人の眼』を21時ぐらいから始まる先行オールナイト上映の1回目で観ました。

この『他人の眼』はスプラッターホラー全盛の時代につくられた手堅いスリラー映画で、なかなか面白かったです。
未DVD化作品なので、DVD化されればもう一度観てみたい作品です。
なお、当時は青少年育成条例などがなかったので、ミドルティーンでもオールナイト上映に入場できました。

と、今回は長尺になりました。

次回は、道頓堀の東側の角座の2館、東映の2館について記します。

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