<回想録>70年代後半 大阪・道頓堀の映画館(つづき)

大阪・道頓堀の映画館についての回想採録です。

<回想録>70年代後半の大阪・道頓堀の映画館のこと(その3)(初出:2015/5/12(火) )

前回の最後に「次回は、道頓堀の東側の角座の2館、東映の2館について記します」と書いたので、そのとおりに。

浪花座の並びには、松竹新喜劇の中座、演芸館の角座と並んでいました。

劇場としての中座は1999年に閉館。
松竹新喜劇の常設館で、藤山寛美の名演で名を馳せました。
1990年に60歳で亡くなった藤山寛美ですが、中座舞台を2度観ています。
いずれも小学生の頃で、最上階の席でしたが、寛美の演技で割れんばかりの笑と、地も揺るがさんばかりの泪で、場内が沸き返ったことを覚えています。

そして、演芸館の角座。
ここも1度だけ小学生の頃に、夜席の中入り後の割引料金で両親に連れられて入ったことがあります。
だれがどういう演目をしていたのかは、残念ながらありません。

で(前置きが長くなりましたが)、この演芸館の角座が閉館して、複合ビルとして再開し、その中にあったのが洋画ロードショウのSY角座と松竹映画封切りの松竹角座

この2館の記憶は・・・
うーむ、ほとんどない。
SY角座ではなにか観たはずなんだけれど。
丸の内プラゼールに雰囲気の似たロビーとか覚えているのだが・・・
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と少しばかりweb検索したら・・・・
ありました、『スペースボール』。
敬愛するメル・ブルックス監督のこの映画を早朝試写会(どうも試写会が多いなぁ)で観たのでした。
オープニングの延々と続く巨大宇宙船のシーン、ゲラゲラ笑いましたなぁ。
その後は・・・あんまり面白くなかったけど。
当時、『シュア・シング』でお気に入りだったダフネ・ズニーガのプリンセスもイケてました。

さてさて、道頓堀西の端の映画館は東映の2館。
地上階が東映封切りの道頓堀東映、地下が道頓堀東映パラス
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ここも行った回数は少なく、道頓堀東映は『病院へ行こう』の試写会ぐらいかしらん。
このときは、滝田洋二郎監督、主演の真田広之や薬師丸ひろ子の舞台挨拶がありました。
当時交際していた彼女と出かけたので、想い出深いです。
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地下の道頓堀東映パラス。
さだまさし主演の『翔べイカロスの翼』が印象深いです。
当時、さだまさしの大ファンで、中学生にもかかわらず、ひとりでコンサートに出かけ、2回目のコンサートでは立ち見という状況でした。
丸坊主の中学生が立ち見でコンサートに来るのが珍しいのが、隣合わせた年長のお姉さまふたりに親切にしてもらったように覚えています。
映画は、さだまさしファンでごった返すなか、2度続けてみました。
さだまさしの演技も実に自然で、観る前に想像していた「臭そうな感じ」はありませんでした。
相手役は原田美枝子ですね。
パンフレットも普及版とシナリオ掲載版の2冊も購入しました。
もういちど観てみたい作品のひとつです。
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その他には・・・『ニューヨークの恋人』。
この映画、観てないのですが、実に印象深いのです。
ジョン・リッターとアン・アーチャーが主演したハリウッド・ウェルメイド・ラブコメ。
1980年の12月中旬にお正月映画として公開されたのですが、お正月を待たず2週間で打ち切り。
その後、名画座で上映されるかと待っていましたが、一度も出遭わず。

ハナシは、こんな感じ。

役者を目指す青年ジョン・リッターは、アルバイトで、スーパーマーケットでヒーローに扮してのアトラクション(か呼び込み)をややっていた。
そこへ強盗が現われ、ジョン青年は、ヒーロー姿のままで、偶然に助けられて強盗を捕まえてしまう。
その事件をきっかけに近所に住むアン・アーチャーと仲良くなるのだけれど、強盗退治の活躍ぶりを政治のキャンペーンに利用されてしまう・・・

かつてスクリーン誌の「ぼくの採点表」で双葉十三郎が「良きアメリカ映画の伝統を感じる」と褒めていたのが印象に残っています。
(ストーリーを記していたら、フランク・キャプラ映画の雰囲気を感じました)
是非とも観たいのですが、VHSしかなく、いまだ巡り逢っていません。

若いひとは、『ニューヨークの恋人』といえば、メグ・ライアンとヒュー・ジャックマンかもしれませんが、オジサンにはこの映画なんですよ。

オマケですが、ピーター・ボグダノヴィッチ監督が1981年にオードリー・ヘプバーン主演で撮った「They All Laughed」(劇場未公開)、この映画にもジョン・リッターが出ていまして、日本版ビデオタイトルが『ニューヨークの恋人たち』。
これも是非とも観たいのですが、VHSしかなく、いまだ巡り逢っていません。

次回は少し戻って戎橋へ。
名画座の戎橋劇場のことを記したいと思います。


<回想録>70年代後半の大阪・道頓堀の映画館のこと(その4・戎橋劇場)(初出:2015/5/15(金) )


前回の最後に「名画座の戎橋劇場のことを記したいと思います」と書いたので、今回もそのとおりに。
「キタの大毎地下、ミナミの戎橋劇場」と大阪の名画座といえば、この劇場。
場所は道頓堀に架かる戎橋の北詰、宗右衛門町の入り口のキリン会館というビルの5階(だったか4階だったか)。
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「はじめて行った名画座は、戎橋劇場の『キングコング』と『カサンドラ・クロス』の2本立てですが」と以前書いたとおり、名画座2本立て初体験はこの劇場。
そのときは2階席があることを知らなかったので、1階席で観て、なんだかちょっと観づらかった記憶があります。
オールスターキャストによるパニックサスペンスの『カサンドラ・クロス』、出来栄えは中学生にもいまひとつだったのですが、ジェリー・ゴールドスミスによる哀愁を帯びた旋律が耳に残り、数日後にレコード店でサントラ(シングル盤)を購入しました。
このレコードは、いまも実家に保管されています。
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華麗な関係』(シルビア・クリステル、ナタリー・ドロン共演)と『友よ静かに死ね』(カーリーヘアのアラン・ドロンにビックリ)の2本立てや、『007私を愛したスパイ』と『ロッキー』のビッグヒット作品の2本立て。
『007私を愛したスパイ』のオープニングのユニオンジャックにシビレ、『ロッキー』のラスト、「エイドリアーン」の絶叫に泪したものお定まり。
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他には、女性観客がメインだったこの劇場にしては珍しい『コンボイ』と『マニトウ』の2本立てなど。
『マニトウ』の最後の光線バチバチの戦いは、頭の中がキュンキュン、キンキン、眼がパチパチしました。

最後に観たのは『愛と追憶の日々』と『愛と青春の旅立ち』の2本立てかしらん。
このカップリング、手元に前売半券があるので、画像をアップします。
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名画座には珍しい前売券なのですが、たぶん、おおさかミナミまつり(とかいう名称だったはず)のイベント企画の一環での上映だったと思います。
なので、いつもよりは料金も高め。
学生の前売料金で900円、たぶん通常より200円ぐらい高いかも。
当時はCICが名画座に映画をおろさないことが多かったので、このCIC配給2本立ては特別料金となったのでしょう。
『愛と追憶の日々』は途中から難病映画に早変わりする映画なんだけれども、母娘の情愛が泣かせるし、『愛と青春の旅立ち』は白軍服のリチャード・ギアがまぶしい。
『追憶』のロバート・レッドフォードの白軍服と双璧でしょうね。

この劇場は、ビル本体の老朽化のためビルの解体とともに閉館し、キリンシティのビルに変わりました。
ついでなので書きますが、新しいビルのなかにもイベントホールが設けられて、そこで映画を観た記憶があります。
映画はシャーロット・ランプリング主演の『蘭の肉体』。
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ホール自体はシックでおしゃれな感じで居心地はよかったのですが、映画はサスペンス醸成があまりうまくなく退屈だったように記憶しています。
撮影当時30代後半だったシャーロット・ランプリングには独特の色香がありましたけれど。

3月の千日会館から始めた大阪ミナミの映画館の回想もほぼ終わり。
ミナミの次はキタが定石なんですが、キタの映画館に足場を移すのは、もう少し経ってから。

それまで通っていた大阪東地区のローカル映画館について、想いを馳せたいと思います。

では、次回は千日前通りを東へ進んで上六あたりから。

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