キネマのマ 〜 りゃんひさ 映画レビューなどなど

アクセスカウンタ

zoom RSS <回想録>70年代後半 大阪・千日前の映画館 千日前弥生座・花月シネマ・難波ジョイシネマ

<<   作成日時 : 2019/03/07 00:01   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

<回想録>70年代後半の大阪・千日前の映画館のこと(南海通りの映画館・その1)(初出:2015/3/27(金))

前回は大阪・千日前にあった映画館(道具屋筋の千日前セントラルも含めて)のことを書いたので、今回は千日前通りと直行する南海通りにあった映画館のことを書きます。

南海通り、って何処?って感じでしょうが、千日前セントラルのあった道具屋筋の手前で曲がって(映画館があったのは右折)、かつての「なんば花月」を左手にみて高島屋に出る通りです。
70年後半から80年にかけては、いまいったコースで行くと右側には立食いうどんの店が何軒か並んでいました。
いまはどうでしょうかね。

さて、映画館。

千日前弥生座、花月シネマの2館は、南海通りに入って50メートルほど行った左手にありました。
花月シネマは旧なんば花月の地下、千日前弥生座はその手前に隣接したビルの2階で、1階がスーパーマーケットでした。

まずは千日前弥生座

ここは松竹映画の封切館で、映画チラシを集める少年としては2本立て映画の単色チラシを独自に作っていたので、通るたびお願いして入手していたものです。
チラシは他のものと比べてザラザラ厚めの紙で独特の雰囲気がありました。

でも、この映画館で松竹の封切作品は観たことがなく、初めていったのは小津安二郎の特集上映だったと思います。
麦秋』『晩春』『東京物語』『秋刀魚の味』などを2本立てで観たものです。

当時、中学生のりゃんひさには、小津安二郎作品のゆったり流れるテンポはいささか苦手で、かなり退屈だったと記憶しています。
ですが、この映画館で小津安二郎に出遭わなければ、たぶん一生出遭わなかったかも、とも思います。
いまでは、いちばん好きな日本の映画監督です。
(あっ、大林宣彦もいるので、どちらがいちばん好きかは微妙・・・)

ここで観たのは他に、夏のホラー映画オールナイト(『死霊のはらわた』とか『地獄の謝肉祭』とか)や『愛を殺さないで』と『ハドソン・ホーク』の2本立てとか、なぜかヘンテコリンなのが多いです。
画像

画像

ですが、誇れるのはペ・チャンホ監督の韓国映画『鯨とり コレサニャン』のロードショウをここで観たこと。
嘘かまことか、それまで韓国映画は一般劇場でロードショウされたことがなく、この『鯨とり コレサニャン』と同じくして公開された『青春スケッチ』が韓国映画の一般ロードショウ第一弾だとのこと。
画像

その『鯨とり コレサニャン』の初日だったので、主演のアン・ソンギの舞台挨拶がありました。
いまの彼からすると30年近く前なので若い。
舞台挨拶も終えて、映画も観て、ロビーの長椅子で休んでいると、件のアン・ソンギがいるではありますまいか。
パンフレットも買っており、運よくペン(ボールペンでしたが)を持っていたので、間近でパンフレットにサインをしていただいたものです。
そのパンフレットは、実家で大切に保管されています。

ということで、千日前弥生座のことが長くなったので、花月シネマについては次回記すこととします。


<回想録>70年代後半の大阪・千日前の映画館のこと(南海通りの映画館・その2) (初出:2015/3/30(月))

前回は大阪なんば南海通りにあった千日前弥生座のことを書いたので、今回はその隣にあった花月シネマについて。

この劇場は、吉本興業が現在の本拠地・なんばグランド花月に移転する前にこの地にあったなんば花月の地下にありました。

オープン当初は洋画1本立ての名画座で、後に洋画成人映画の封切館、その後、単館系洋画のロードショウ館となりました。
洋画ロードショウ館になったのは、東京で起こったミニシアターブームにより洋画の封切本数が増加したためでしょう。
りゃんひさがこの映画館に通い始めた頃は、洋画成人映画の封切館でした。

えええ、中学生がそんな映画館に!
と思うかもしれませんが、この映画館にはちょっと秘密がありました。
それは、モギリのカウンターのところで洋画ポスターを100円で売っていた、ということ。
で、ポスターを買うと、チェーン館で上映した(もしくはこれから上映予定の)映画のチラシが10枚ぐらいオマケで付いてくる。
このポスターとチラシ欲しさに、いそいそと地下の劇場へ通じる階段をおりていったものです。
そこで買ったポスターは『ゲイター』『007は二度死ぬ』『ダーティハリー3』など。
自室の壁や天井に貼って楽しんでいました。
画像

画像

画像

オマケについてくるチラシの中には、だいたい1枚、洋画成人映画のチラシが混じっていました。
上映中の館内からは、女優さんのあえぎ声も洩れ聞こえるし、うーむ、中学生には刺激的・・・

で、この花月シネマで観た映画は、というと・・・
あまりいい思い出がない。

映画を観たのは80年代になってからなんですが、一時期、日本ヘラルドが往年の名画のリバイバル上映を盛んにやってまして、その中で『マルタの鷹』と『大いなる西部』をこの花月シネマで観ました。

マルタの鷹』は本来スタンダードサイズの映画をビスタで上映しているものだから、顔の上半分が切れて映っていないことがしばしば。
もともと判りづらいストーリーがさらに判らなくなってしまいました。
大いなる西部』は16ミリのブローアップ版らしく、本来シネマスコープの左右が切れた画面になっていて、「せせこましい西部」になっていました。
画像

画像

この2本で懲りたので、その後、この映画館に足を運んだ記憶はありません。
(途中から、ポスターも売らなくなってしまったし)

ついでに、花月シネマの向かいにあった難波ジョイシネマのことも。
ここはパチンコ屋の2階にあった映画館で、天井が低かったのを記憶しています。
もとはナンバ新東宝という邦画成人映画の上映館でしたが、80年代後半にB級アクションの2本立てなどを上映する映画館に転じたものです。

ここで観たのは、唯一、ジャック・リヴェット監督作品の2本立て。
それも『美しき諍い女』と『美しき諍い女 ディヴェルメント』の2本立て。

たぶんこんな2本立ては空前絶後。
このときの記憶は「『美しき諍い女 ディヴェルメント』:1993年の観たログメモ(1):ビックリの2本立て」として記していますので、そちらを参照していただければ幸いです。
画像

ということで、南海通りを通り抜け、『がんばれ!ベアーズ』を観た南街会館の前まで戻ってきました。
70年代後半から80年代はじめにかけて、ロードショウで観るのはここが多かったです。
では、次回は南街会館の各映画館について記すこととします。

頂いたコメントの抜粋

[ 長嶺英貴 ]さま (初出:2018/11/30(金))
難波ジョイシネマにオープン「情無用の戦士」から最後「ニューシネマパラダイス」まで勤めていた長嶺英貴です。美しき諍い女 の2バージョン六時間缶詰め上映は大変な動員でした。
その年の夏に公開の「ミナミの帝王」「打鐘」の二本立ても七時間(笑)こんな映画館ありませんよね。当時の映画館の写真は大量に撮ってますが、今は自分のFacebookのみに投稿しています。懐かしくコメントしていただいて、ありがとうございました!

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
<回想録>70年代後半 大阪・千日前の映画館 千日前弥生座・花月シネマ・難波ジョイシネマ キネマのマ 〜 りゃんひさ 映画レビューなどなど/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる