<回想録>70年代 映画館の記憶(大阪・玉造)

回想録3本の採録です。
今回は、生家近く、大阪・玉造の映画館のことです。

<回想録>映画館で観た最も古い記憶のこと(大阪・玉造)(初出:2015/6/21(日) )

前回最後に「次回は、生家近くの映画館について」と書いたので、今回はそのはなし。

幼い頃から、自宅からいちばん近いのは大阪環状線・玉造駅近くにある映画館でした。
玉造には、東西に走る長堀通と南北へ走る玉造筋の交差点から、南の鶴橋方面に延びる長いアーケード商店街があります。
名前は、日の出通り商店街。
その商店街を、北から100メートル入ったところに映画館がありました。
1階がスーパーマーケットで、その2階に東宝の封切館・玉造東宝、地下に邦画成人映画の玉造日活です。

この2館は1990年代にはいって、しばらくして閉館しました。
80年代には、玉造にはこの2館しかなかったのですが、幼い時分にはもう一館近くにありました。

玉造駅の北、長堀通を渡った路地の裏あたりに東映封切館があり、玉造東映といっていました。
ここは、地続き型の映画館だった記憶があります。
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ここで観た映画が最も古い映画の記憶で、東映まんがまつり
印象深いのは、立体映画の『仮面の忍者・赤影』。
調べてみると1969年7月の東映まんがまつりで、メインは『空飛ぶゆうれい船』。
立体映画の方は、『飛び出す冒険映画 赤影』というタイトルでした。

なにが印象深いのかというと、当時の立体映画は、赤と青の二色式の立体映画で、赤・青のセロハンを貼った眼鏡を通して観ると、白黒の映像が飛び出すという仕掛け。
なので、劇場入り口で、件の赤・青セロハンを貼った紙製めがねを受け取るはずなのだが・・・

なぜか、なかった!
もう最終上映時間に近い夕暮れのときに親戚のお姉さんに連れて行ってもらったので、たまたま品切れになっていたのだと思われます。
まぁ、当時は、聞き分けの良い子だったりゃんひさは、とりあえず我慢をして映画を観ることにしました。

まんがまつりなので、その他の映画はめがねなしでも大丈夫。
立体映画の『赤影』も、上映が始まってしばらくのあいだは、普通の平面画面。

しかし、映画の途中の活劇シーンの直前になったら、画面の中の赤影だか青影だかが「さあ、よいこのみんな、めがねをかけよう!」というのです。

えええええぇ。
めがね、もらってないよぉぉ・・・と、こころの中で思いながらも、良い子のりゃんひさはガマン。

ありゃりゃぁ、赤と青の二重写しで画面が見えるではありますまいか!
(当然といえば、当然なのですが)

なので、現在に至っても、3D映画というのは、かなり苦手。
めがねをかけていても、自分だけ3Dに観えないのではないか、という不安が付きまとっています。

それはさておき、この玉造東映がなくなったのは、いつなのかは記憶がありません。
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その後も東映まんがまつりはかなり観ていて、
1970年3月の『ちびっ子レミと名犬カピ』、
1971年3月の『どうぶつ宝島』、
1972年3月の『ながぐつ三銃士』『仮面ライダー対ショッカー』、
1973年7月の『マジンガーZ対デビルマン』、
1975年3月の『グレートマジンガー対ゲッターロボ』、
1976年3月の『長靴をはいた猫 80日間世界一周』あたりは記憶に残っています。
(Wikipediaを参考にしました)
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しかし、この玉造東映も途中でなくなってしまい、なくなった後も、先に書いた玉造東宝か玉造日活のどちらかで上映していたように思うので、『長靴をはいた猫 80日間世界一周』あたりは、はじめに書いた玉造東映で観たのではないかもしれません。
(玉造東宝で、怪獣映画の東宝チャンピオンまつりを、この後たくさん観たので、地下の劇場だったかもしれません)

ということで、今回はここまで。

次回は、日の出通り商店街の映画館2館について記したいと思います。

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2018/4/24(火) にいただいたコメント>玉造日活は、日活になる前は大映でした。2階でゴジラ、下でガメラをやってました。ちなみに、玉造東映ではなく城南東映でした。祖母が経営しておりました。
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上記コメントへの返信>貴重な情報ありがとうございました。
なるほど、玉造東映ではなく「城南東映」という名前だったのですね。取り急ぎ、名称を入れてgoogleで検索したところ、上町台地今昔タイムズvol.5(http://www.og-cel.jp/project/ucoro/pdf/timesVol05.pdf)がヒットし、昔の界隈の映画館が掲載されていました。
助かりました。
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<回想録>東宝チャンピオンまつりなど(大阪・玉造)(初出:2015/6/26(金) )

前回は生家近くの玉造東映について記したので、今回は玉造東宝について。
この映画館は先の記事にも書いたとおり、玉造の日の出通り商店街を北からはいって割とすぐのところにありました。
以前、わかぎえふ氏のエッセイを読んで、この商店街と映画館の名が出てきたときには、びっくらこいたのですが。
さて、思い出。

この映画館は思い出がたくさんあって、さてどうしたもんかいな、という感じ。
「東映まんがまつり」と覇を争って上映していた「東宝チャンピオンまつり」、かなり初期から観ていました。
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第1回は1969冬の『ゴジラ・ミニラ・ガバラ オール怪獣大進撃』。
これ、4年ほど前にDVDを借りて観たら、意外なほど記憶にあるシーンが続出。
たぶん、子ども時分に観ているでしょうね。

この後は『キングコング対ゴジラ』『ゲゾラ・ガニメ・カメーバ 決戦!南海の大怪獣』『モスラ対ゴジラ』『怪獣大戦争 キングギドラ対ゴジラ』と続くのですが、このあたりについては後にテレビ放映で観たのとごっちゃになっているかもしれません。
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とはいえ、1971年夏の『ゴジラ対ヘドラ』のインパクトは強烈でした。
怪獣は人間がつくりだしたといってもいいほどの公害汚物の塊。
その上、空を飛ぶとは思えなかったゴジラがよもやの後ろ向き飛行。
とにかく、強烈なインパクト。
わがスペクタクル映画の筆頭にあげてもいいくらいでした。

さて、その後もこのチャンピオンまつりは続くのですが、小学生になってくると、なかなか知恵がついてくるでありました。
すなわち、お年玉やお駄賃やなんやかんやを貯めて、子どもたち同士で観に行くという行動に出ました。

当時、「東映まんがまつり」は大人も公認、「東宝チャンピオンまつり」は絶対ダメ、という風潮があって、東映の方は小学校の登校の際の入り口で割引券を配っていたのですが、東宝の方は配っていても受取っちゃダメみたいな。
そんな感じ。
でも、当時は怪獣ブームでもあり、さきほど書いたように、小銭をためた子どもたちがこっそり観に行ったものでした。

で、特筆すべきは、
1972年冬の『パンダ・コパンダ』も1973年春の『パンダコパンダ 雨ふりサーカスの巻』も初公開時に観ていること。
まぁ、これは誇ってもいいかしらん。

このチャンピオンまつりでそのほかに印象深いのは1972年冬『怪獣大奮戦 ダイゴロウ対ゴリアス』と、1973年冬期『キングコングの逆襲』。
前者は、ほんとに子ども向け怪獣映画で、いじめられっこ怪獣ダイゴロウがガキ大将怪獣ゴリアスに一矢を報いるというもの。
円谷プロ創立10周年記念作品で初のオリジナル怪獣映画(に、してはあまりにも子ども向きだった)。
後に、ちょっと破れのあるポスターを入手して、とっても嬉しくなりました。
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後者は、『キングコング対ゴジラ』の続編(というか後日譚というか)。
くわしくは忘れたが、ゴジラがいない日本でキングコングが大暴れする。
しかし、そのキングコングはマッドサイエンティストがつくったロボットで、終盤になって、文字どおり化けの皮がはがれて機械仕掛けの姿を露わにします。
ひえぇぇ、なんだかとっても怖かったです。
後の『ターミネーター』のシュワちゃんなんて、これに比べれば大したことなかったです。
なにせ、人間の数倍(十数倍か)もあろう巨大ゴリラの皮が、べろろろろぉーんと剥がれ落ちるのですから。

と、今回はここまで。
次回は、この玉造東宝でこの後観た映画と最後に観た映画について記したいと思います。


<回想録>幼い時分の映画館体験(大阪・玉造)(初出:2015/7/7(火))

前回最後に「この玉造東宝でこの後観た映画と最後に観た映画について記したいと思います」と記したので、今回も玉造東宝について。
今週は、ロードショウ、試写会、DVDと新作映画を観ていたので、むかしのことを思い出す暇があまりありませんでした。
さて。

前回記事では「東宝チャンピオンまつり」が中心でしたが、東宝・ゴジラのライバル、大映・ガメラもこの玉造の映画館で観た記憶があります。
映画は昭和・ガメラの最終作『ガメラ対深海怪獣ジグラ』。
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調べてみると1971年の夏のことなので、たぶん、前々回に記した玉造東映も営業していたころ。
このガメラは、2階の東宝館ではなく、地下の劇場で観た記憶があります。

どっちがどっちだったかあまり覚えていないのですが、ゴジラを上映しているところとは違うんだぁ、ということが印象に残っています。
ジグラにやられたガメラが海の底で、じっと我慢しているところが印象に残っています。

で、少々脱線しますが、この映画館の斜向かいあたりにおもちゃ屋さんがあり、怪獣もののプラモデルを買ってもらい、自分で組みたてた記憶もあります。
ガメラは二足歩行でしっぽのところにオモリがはいっていたような。
ガメラの仇敵怪獣バルゴンは四足のぜんまい仕掛けだったような。
そういえば、ギャオスのなぜか胸の所に車輪がついていて、ぜんまい仕掛けで走ったような・・・

まぁ、幼いころの記憶なので、間違っているかもしれませんが。

この幼い頃は、東映まんがまつりは観るのはOKで、東宝チャンピオンまつりは観ちゃダメという風潮でした。

小学校の校門でも東映まんがまつりの割引券は配っていましたが、怪獣映画の東宝チャンピオンまつりの割引券は映画館の窓口までいってもらっていました。
割引券をもらうついでにもらうのが、塗り絵のチラシ。
いまでも、『プリキュア』や『仮面ライダー』の映画では塗り絵チラシがありますが、当時は、裏の解説などなく、ただの塗り絵。
そういうのを、クレヨンや色鉛筆で丁寧に塗って遊んでいました。

さらに、怪獣ものは両親が連れて行ってくれないので、お年玉を集めて、近所の友だちと隠れてこっそり観に行ったものでした。
でも、すぐ両親に見つかって、箪笥の隙間に隠したパンフレットも見つけられ、大激怒の上に破かれたりと、怪獣映画は少年の通過儀礼ですね。

で、ようやく怪獣映画を卒業して観た映画のハナシです。

以前にも書いたのですが、母親と妹弟とで観たのが『獄門島』と『犬笛』。
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『獄門島』は市川崑監督のシリーズ第3作で、『犬笛』は西村寿行原作のサスペンス映画。

今年のお正月に帰省した際、母親と妹弟夫婦とで夕餉を囲んだ際に、弟から『犬笛』のハナシが出て、「あの映画、めっちゃ怖かった」と言っていました。
思い返せば、そりゃそうだろうと。
たぶん、弟は幼稚園に上がる前。
そりゃ、怖いだろうなぁ。

と調べたらこの作品は未ソフト化のよう。
機会があれば、再鑑賞したいものです。
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その他に観たのは、山口百恵・三浦友和の『炎の舞』と『ピンク・レディの活動大写真』の2本立て。
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最後に観たのは、1984年の平成『ゴジラ』の第1作と『男はつらいよ 花も嵐も寅次郎』の2本立て。
何故、松竹作品と東宝作品の2本立てが上映されたのかは不思議ですが、たぶん、もう映画館としては終末期近いころなのでしょう。
(『男はつらいよ』の方はこの映画かどうか自信がありません。時期的には大原麗子がマドンナの『男はつらいよ 寅次郎真実一路』のほうが合っているのですが、大原麗子を観た印象がさっぱりないもので)

平成『ゴジラ』の第1作のラスト、帰巣本能で火山口に導かれているゴジラに苦笑したものですが、東宝チャンピオンまつりを見倒した映画館で最後に観たのも怪獣映画だったというのは、なんとなく業の深さを感じてしまいます。

さて、こういうように「東映まんがまつり」と「東宝チャンピオンまつり」で育った男の子が『がんばれ!ベアーズ』で映画に目覚めるということで回想の円環的に一旦クローズするとかっこいいのですが、さにあらず。
実は「東映まんがまつり」と「東宝チャンピオンまつり」と『がんばれ!ベアーズ』の間に一本だけ友だちと観に行った外国映画があります。

次回は、その映画のことから始めて、大阪のさらに南側の地区の映画館を振り返りたいと思います。

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