『500ページの夢の束』 :感情や何やらに鈍感なのはスポックではないということ @DVD・レンタル

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令和にはいっての初鑑賞はDVDでの落穂拾い。
ダコタ・ファニング主演の『500ページの夢の束』。
『I am Sam アイ・アム・サム』(2001年)の子役もことし25歳。
本作は2017年製作なので、撮影は22歳ぐらいということですね。
最近は、妹エル・ファニングの活躍が目立つので、どうしているのかしらん、と思っていました。
さて、映画。

自閉症のため家族と離れて施設で暮らすウェンディ(ダコタ・ファニング)。
毎日決まった日課をこなすことが出来、短時間なら外で売り子の仕事も出来る。
そんな彼女の楽しみは『スター・トレック』。
毎日決まった時間に1話だけ観、自由時間には『スター・トレック』の脚本を書いている・・・

というところからはじまる物語で、姉オードリー(アリス・イヴ)が、夫と赤ん坊と暮らす生家を売却する必要が出てきてしまう。
既に他界した両親や姉との想い出がつまった生家・・・
そんなとき、『スター・トレック』50周年記念で新作の脚本を募集するイベントがあることを知ったウェンディは、自身の書いた脚本を応募して、その賞金で生家の売却を止めさせることができるのではないかと思いつく・・・と物語は展開する。

ま、拙い文章であらすじを書くと、なんだかバカみたいで嘘くさいハナシだけれど、出来上がった映画は予想外に素晴らしい。

ウェンディが書いた脚本は、人間とバルカン星人とのハーフで人間の感情が理解できないスポックが、かつてバルカン星にもジョークがあったことを知り、ジョークのパターンを論理的に解読することで、スポック自身に感情が鬱勃するという物語(これも拙い文章で書くと、バカみたいだ)。

このウェンディが書いた脚本のスポックと彼女自身が重なるところは途中で気づくのだけれど、「他人の<感情>がわからない」から「<他人>の感情がわからない」とシフトしていき、スポックの暗喩がウェンディではなく、彼女を取り巻く人々を指すこと(つまり、観ている観客もその一部)がわかる終盤は秀逸といえるでしょう。
ウェンディの素晴らしさに気づく周囲の人々=スポック=観客、という図式なのだが、この暗喩先のシフトは、作り手が意図していたところを離れていった先ともみえるし、また、それゆえに、映画というある種捉えどころが難しい創造物の素晴らしさでもある。

最期になるが、施設の責任者(トニ・コレット)の役名が、『スター・トレック』の主任機関士と同名の「スコッティ」というのも気が利いている。

評価は★★★★(4つ)です。

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2019年映画鑑賞記録

新作:2019年度作品:24本
 外国映画24本(うちDVDなど 1本)
 日本映画 0本(うちDVDなど 0本)

旧作:2019年以前の作品:35本
 外国映画28本(うち劇場鑑賞 7本)←カウントアップ
 日本映画 7本(うち劇場鑑賞 2本)
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  • 500ページの夢の束

    Excerpt: アメリカ・サンフランシスコの湾岸地域。 若い女性ウェンディは自閉症で、唯一の肉親である姉オードリーが結婚してからは、自立支援ホームで暮らしている。 大好きな「スター・トレック」の脚本コンテストに応募し.. Weblog: 象のロケット racked: 2019-05-08 00:39