『Fukushima 50』 :やはり「必見」といえる映画だと思う @試写会

Fukuashima50.jpg

東日本大震災の津波被害にあった福島第一原発のそのときを映画化した『Fukushima 50』、ひと足早く試写会で鑑賞しました。
タイトルは「フクシマ フィフティ」と読みます。
さて、映画。

2011年3月11日14時46分、最大震度7という巨大地震が発生。
のみならず、想定外の大津波が福島第一原子力発電所を襲う。
浸水により全電源を喪失した福島第一原発は、原子炉の冷却が不能の状況に陥る。
このままでは炉心融溶(メルトダウン)を起こし、未曾有の大災害をもたらしてしまう。
所長の吉田(渡辺謙)をはじめ、1号機及び2号機当直長の伊崎(佐藤浩市)ら、現場に残された者たちはそのとき・・・

という、いまさら書くまでもない物語だが、当時の現場の様子が生々しく、かつ正確に描き出されていきます。

東日本大震災を題材、または背景とした映画はこれまで数多製作されているが、当時の原発内の様子を描いたのはこの映画が初めてではないだろうか。
これまでの日本映画で比較できるような映画もほとんど記憶になく、大災害を描いた映画といえば、ハリウッドの『タワーリング・インフェルノ』や『ポセイドン・アドベンチャー』などが頭に浮かぶが、あちらはあくまでもフィクション。
娯楽映画として、愉しめるように作られている。
この映画も、いわゆるオールスターキャストに近い出演陣で、内容もディザスタームーヴィに近いのだが、やはり我々は当事者(個人的には、地震発生当時は東京都心にいたのだが)。
娯楽、というわけにはいかない。

やはり、観る側としても、相当のストレスが生じるし、その覚悟は必要。
ただし、観る必要はある。

当時の現場の混乱ぶりもそうだが、東京の本社、政府の混乱ぶりも相当なものだった。
最後の方で、在日米軍の活躍が描かれるが、彼らの側にはあまり混乱ぶりがなかったように描かれ、ここいらあたりは映画の性格上、必要だったのかは少々疑問。

なにかの記事で読んだのだけれど、この映画は、原発の要不要を問うているのではない、とのこと。
同じように、当時の政権の行動に是非を問うているのではない、ということも付け加えておく必要があるだろう。

やはり、「必見」の映画と言えるのではありますまいか。

追記>
松竹とKADOKAWAによる共同製作だが、殊に後者の最近の映画製作は力作・問題作が多く、眼が離せません。

評価は★★★★☆(4つ半)としておきます。

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2020年映画鑑賞記録

新作:2020年度作品: 13本
 外国映画 8本(うちDVDなど 0本)
 日本映画 5本(うちDVDなど 0本)←カウントアップ

旧作:2020年以前の作品: 12本
 外国映画 7本(うち劇場鑑賞 1本)
 日本映画 5本(うち劇場鑑賞 0本)
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この記事へのコメント

じゃむとまるこ
2020年02月15日 11:42
こんにちは。
昨日Yahoo!レビューを拝読しました。
やはり観ていかなければと思いました、次々と忘れ去って日常に流されてしまうのはよくないな~と思わせられました。
りゃんひさ
2020年02月15日 13:57
じゃむとまるこさん

やはり忘れてはいけないことなので、是非、ご覧ください。
2020年02月16日 12:11
2016年に、「太陽の蓋」という映画があり、ドキュメンタリータッチで、かなり震災当時の様子が正確に再現されていました。
こちらは、官邸内の様子を再現した作品でしたが、確かに原発内を再現した作品は、あまり無かったかも。
今作、公開されたら鑑賞予定にしています。
りゃんひさ
2020年02月16日 12:18
トリトンさん

あ、そうですね。『太陽の蓋』という映画、ありましたね。これは機会があれば観たいです。
2020年03月13日 12:36
こんにちは。
本作を鑑賞して、日本人ってやっぱり真面目で職業意識が高いのだな、と思いました。
東電のトップや内閣が多少偽悪的に描かれていたような気もしましたが。
りゃんひさ
2020年03月13日 22:03
ここなつさん

ご覧になりましたか!
>東電のトップや内閣が多少偽悪的に描かれていたような気もしましたが。
ま、この映画を製作する際には少なからず時の政権に目配せしていたでしょうから、悪いはずと思われるところは露悪的に描く方が製作しやすかったのでは・・・とも思います。なお、この映画では現政権は1秒たりとも出てきていません。ここが作り手の気概だったかもしれません。