『山の焚火』 (1985) :現代における、人類創世記の神話のような物語 @リバイバル

山の焚火.jpg

フレディ・M・ムーラー監督の1985年作品『山の焚火』、リバイバル上映で鑑賞しました。
今回のリバイバルは、1974年の『我ら山人たち 我々山国の人間が山間に住むのは、我々のせいではない』、1990年の『緑の山』の2本のドキュメンタリー映画とともに「マウンテン・トリロジー」と銘打っての特集上映です。
なお、2本のドキュメンタリー映画は未鑑賞です。
さて、映画。

1984年のスイス、とある人里離れた山の中腹。
父母娘息子の4人家族が暮らしている。
電気も通っておらず、水は山の湧き水を利用している。
娘のベッリは、一度街へ出て教師を目指していたが、この生まれ育った土地に戻って来た。
家族から「坊や」と呼ばれている息子は聾唖、十代の中頃だが無邪気、ただし時折、不自由な身体に対して癇癪を起すこともある。
その癇癪は、「怒りん坊」との異名もある父親の血筋なのかもしれない・・・

といったところからはじまる物語で、そんな一家の山での暮らしを荒涼とも美しいともいえる土地を背景に淡々とカメラは写していきます。

一家の外界との交渉手段は、郵便と定期的な通信販売、ごく稀に下の町まで買い出しに行くこともある。
郵便は郵便屋が運ぶのではなく、一家が暮らす小屋から離れた下方に、祖父母の小屋があり、そこまで取りに行くよう。
また、発動機で動かす索道が備えられている様子が珍しい。

と、中盤までは、それほどのドラマもなく、一家の生活背景を写していくのだが、中盤になってドラマが動き出します。

夏も終わりに近づいたある日、芝刈り機で芝を刈っていた弟は、故障した芝刈り機に癇癪を起して、崖から突き落とし毀してしまいます。
それに怒った父親は、彼を家から追い出し、山のさらに上方にある倉庫用の小屋に追いやってしまう。
へそを曲げたか、それとも独立心が強くなったのかよくわからないが、得意な石割り、石積みで新たな畑地のようなものを作り始め、弟はなかなか一家が暮らす小屋に戻ってこない。
心配した姉のベッリが様子をうかがいに出かけると、弟は、その石積みに満足している様子。

陽が落ちると、山は途端に寒くなる。
焚火を囲んでいた姉と弟だったが、弟は昼間の作業の疲れからか、地面の上で寝入ってしまう。
持ってきた布団を弟にかけて、焚火と毛布で暖を取るベッリであったが、山の寒さには耐えきれない。
弟にかけた布団の中に潜り込むが・・・

と、ここで家族に悲劇の芽が生まれてしまう。

ただし、この相姦がごく自然な形で描かれており、不潔な感じがしない。
原初、人類がアダムとイヴしかいなかった時代、人類がいまのように増えるまでは、姉弟による関係はあったはずだ・・・
(これは、最近読んだ吉行淳之介の短編の一節を思い出したのだが)
そんな感じがするのである。

この芽は最後には大きな悲劇となるのだけれど、終盤のカタストロフィの前後に、ひとつだけ不可思議なエピソードが描かれる。
それは、ヘリコプターに吊るされて運ばれていく大きな牛の姿。
人類の原初のような物語の中に、突如として描かれる現代的な異物。

この些細な異化作用を持つエピソードによって、ベッリと弟の物語に厚みと深みが出たように感じました。

現代における、人類創世記の神話のような物語。
悲劇と、遣る瀬無いような多幸感・・・

不思議な魅力を湛えた映画でした。

評価は★★★★(4つ)としておきます。

<追記>
この映画が日本で公開されたのは1986年の夏のこと。
初公開はシネヴィヴァン六本木だったようだ。
当時は、百花繚乱のミニシアターの胎動期で、現在では、このような映画を上映する映画館は減ってしまいました。
バブル期の功罪はいくつもあるでしょうが、アート系(非エンタテインメント系)の映画が多く紹介されたことは、やはり功のほうだったな、と思いました。
山の焚火・初公開.jpg

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2020年映画鑑賞記録

新作:2020年度作品: 24本
 外国映画16本(うちDVDなど 0本)
 日本映画 8本(うちDVDなど 0本)

旧作:2020年以前の作品: 19本
 外国映画11本(うち劇場鑑賞 2本)←カウントアップ
 日本映画 8本(うち劇場鑑賞 0本)
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この記事へのコメント

ぷ~太郎
2020年03月14日 21:57
「神話のような物語」という感想は確かにいえていますね。そこには人工的な便利さや知恵を上回る、自然の本能ともいうべきものが描かれているからだと思います。何とも不思議な感じのする映画でしたね。
りゃんひさ
2020年03月14日 22:28
ぷ~太郎さん

なるほど、
>人工的な便利さや知恵を上回る、自然の本能ともいうべきもの
というのは、その通りでしょうね。