『ペトラは静かに対峙する』 :ゆったりとした演出で、直截描かれていること以外も想像する @DVD

ペトラは静かに対峙する.jpg

昨年夏に単館系映画館でロードショウされた『ペトラは静かに対峙する』 、DVDで鑑賞しました。
原題は「PETRA」、主人公の名前だけですが、日本タイトルはなかなか思わせぶりな良いタイトルを付けましたね。
さて、映画。

スペイン・カタルーニャ地方に居を構える著名な現代彫刻家ジャウメ(ジョアン・ボテイ)。
初老の彼にはひとり息子ルカス(アレックス・ブレンデミュール)がいるが、息子は長じてから後はこの家を離れ、写真家として生計を立てている。
一緒に暮らしているのは妻マリサ(マリサ・パレデス)だけ。
ほかには、通いの家政婦などの使用人がいるだけ。
そんな中、30歳過ぎの女性画家のペトラ(バルバラ・レニー)がやって来る。
表向きは、ジャウメを師事し、なにものかの芸術心を得るというものだったが、真の目的は、先ごろ死んだ母親がひた隠しにしていた、ペトラの父親がジャウメかどうかを確かめようというものだった・・・

といったところからはじまる物語で、ペトラがやって来るところからはじまり、彼女の真の目的がわかるのはかなり映画が進んでから。
それも念の入った・・・とでもいうのか、ペトラがやって来るシークエンスを「第2部」とクレジットするところから始まります。

もう、驚いた。

レンタルした盤に傷があってセクションが飛んだのかと思いました。
なので、頭からもう一度・・・
ランニングタイムは連続していたので、演出だとわかりましたが、心臓に悪い。
冒頭に、断り書きを入れてほしいところです。

それはさておき、映画はなかなか興味深く撮られています。

演出的は、ほとんどワンシーン、ワンカット。
ロングでとらえた映像が多いのだけれど、カメラは対象の人物に近づいたり、遠ざかったりします。
少々思わせぶりすぎるのではないかとも思うのですが、人物がフレーム内に収まっていない時間も多々あり、その間に、物語や人物の心理を反芻するのに役立っています。

物語は、その後・・・

ジャウメは、初老の使用人テレサから、無職の息子を雇って欲しいと懇願され、彼女と性的関係を持つが、屈辱的な扱いを受けたテレサは崖から身を投げてしまう。
ペトラから、父ではないか、と糾弾されたジャウメは、ペトラの母親と関係を持ったことはあるが、その際、彼女は妊娠しており、ペトラの父親ではない、と否定する。
ペトラは、離れて暮らしていたジャウメの息子ルカスと知り合い、互いに好意を持ち、結婚し娘を授かる。
幸せに暮らしていたペトラのもとに、ジャウメがやって来、父でないと言ったのは嘘だ、芸術家としてのペトラを試した、ペトラの母親が妊娠したのは彼女と関係を持った後だ、と告げる。
その経緯を聞いたルカスは、おぞましい近親相姦を行ったと自身を責め、幸せそうにしているルカスを貶めたいと願ったジャウメを殺そうとするが踏ん切りはつかず、結果、自殺してしまう・・・

と、悲劇が連鎖していく。

この物語は相当複雑で、かつ悪魔的な魅力を含んでいるのだけれど、先に記したとおりの演出なので、エンタテインメント性からは程遠い。
けれども、面白くなるのは、この後で、

ジャウメの妻マリサから、息子のルカスはジャウメの子どもではなく、女出入りの激しかったジャウメに対抗するかのように奔放に過ごしていた際、別の男性の子どもを身籠ったものだと知らされる。
一方、ジャウメは、使用人テレサの息子(彼はルカスとの幼馴染で、親友ともいえる)を芸術仕事の下働きに雇い入れて目をかけるが、母親の死と親友の死の真相に感づいたであろう彼に、気を許したうちに射殺されてしまう・・・

と展開します。
まさしく、悲劇の連鎖なのだけれど、その悲劇に隠された真実は、映画では(たぶん)明確に示されていません。

それは、どちらも父親の問題であり、

ひとつは、ペトラの父親。
これが、ジャウメかどうかは、大いに疑問が残るところ。
ジャウメがペトラに父だと打ち明けるエピソードには、念の入ったように、「ジャウメの嘘、その結末」と副題があり、先のエピソードで告げた「父ではない」が嘘、と思われるが、嘘が今回告げた「父である」の方かもしれない。
そもそも、父親が、子どもをもうけた娘に、その子は近親相姦の末の子だ、ということを示す真実を打ち明けるものだろうか。
いくら、生殺与奪の力を握っているからといって、そこまではしないだろう・・・そう思うのだが。

もうひとつは、ジャウメを殺すテレサの息子の父親。
これは、たぶん、ジャウメだろう。
テレサの息子に対して、芸術的センスを認めている(ルカスには示さなかった)し、テレサがジャウメから関係を迫らて許した後に、あまりに酷い仕打ち、といっていることから、ジャウメはこの時には自身の息子だと気づいていなかったかもしれない。

と、結末も含めて、この映画を「解釈」してみたが、最後の示したふたりの父親についてはあくまでも推測。

ゆったりとした演出は、映画に直截的に描かれたこと以外も想像させてくれました。

評価はで★★★★(4つ)としておきます。

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2020年映画鑑賞記録

新作:2020年度作品: 35本
 外国映画27本(うちDVDなど 6本)
 日本映画 8本(うちDVDなど 0本)

旧作:2020年以前の作品: 47本
 外国映画27本(うち劇場鑑賞 2本)←カウントアップ
 日本映画20本(うち劇場鑑賞 0本)
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この記事へのコメント

ぷ~太郎
2020年05月19日 00:46
これは好きな作品です。ペトラは何に対峙しているかというと「真実」でしょうね。その「真実」がハッキリとは描かれていないので、観る方としては想像で補っていくしかないのですが・・・。
まあ、勘ぐればいくらでもできるのですが、軸はジャウメの妻への復讐で、彼はテレサにしろ妻にしろ娘にしろ女性を愛せない人間だと思います。ペトラの母が頑なに父親を明かさなかったのも、よほど酷い仕打ちにあったからでしょうし、そういうことからも、やはりペトラの父親はジャウメではないでしょうか。父親を知りたい娘の希望を打ち砕き、今度は父親だと認めることで、妻の不義の子である息子と一緒に絶望を味あわせて破滅に導こうとする。ジャウメのやりそうなことです。その彼を殺すテレサの息子がジャウメの実の子だと想像することも可能ですから、この作品は面白い要素がいっぱいですね。
りゃんひさ
2020年05月19日 01:08
>ぷ~太郎さん

対峙しているのは「真実」か! 運命かと思いました。ジャウメ、よっぽど女性に恨みがあるのか、女房憎くけりゃ間男との間の子どもも憎い。とにかく、ハラスメントのハラハラ男ですね。