『誰がための日々』:自己責任と不寛容の社会を描く力作 @DVD

誰がための日々.jpg

昨年2月にロードショウされた香港映画『誰がための日々』 、DVDで鑑賞しました。
もう大陸資本の中国映画しかないのかしらん、と思っていたところ、香港の資本だけで作られる香港映画もいまだ健在のようです。
ただし、アクション映画や犯罪映画を除くと、やはり数は少ないもよう。
さて、映画。

双極性障害のため入院していたトン(ショーン・ユー)。
彼を迎えに来たのは、疎遠だった父親ホイ(エリック・ツァン)。
トンを引き取ったホイの住居は、片側の壁に二段ベッドが設えられた三畳ほどの狭い部屋。
そもそも、トンが入院していたのは、認知症か何かで寝たきり生活になった母親を、仕事もやめて介護してきた結果に起こした事故だった。
そして、そのような介護生活になったのも、トラック運転の仕事だけに全精力を傾けて家庭を顧みなかった父ホイと、アメリカに渡って家庭を持ち、そのまま一度も帰国しないトンの弟の薄情さによるものだった・・・

といったところからはじまる物語で、父ホイと息子トンの厳しく遣る瀬無い日々が、過去シーンとともに描かれていきます。

元同僚の結婚式で、スピーチを述べるひとのことをまるで聞かない参列者の対して激高してマイクを握ってしまうトン。
元恋人と再会し、それも、無粋なビリヤード台が置かれた安酒場のテーブルでの再会、彼女は一緒の住んだマンションの一室のローンを一人で返済したと告げ、そして、その後、彼女が通う教会の連れていかれ、まるで糾弾されるかのよう、彼女から一方的な赦しの言葉(だが、呪いの言葉のように聞こえる)を受けるトン・・・

と、まさに遣る瀬無いエピソードが綴られていきます。

香港映画というと、もうアクション映画しか作られていなかったのではないかしらん、と思うような昨今ですが、この手の映画も作られており、そして、観たかったのは確か。


トンが身を寄せる父親ホイのアパートの狭い一室の隣室に住む母息子の話も、スパイスが効いています。

母親は大陸から出て来、映画では描かれないが香港の男性と男女の仲になり、息子を産んだ。
母親には香港の在住資格はなく、息子には大陸の戸籍がない(たぶん出生地主義によるものでしょう)。
この母息子の関係から、中国本土と香港の政治的位置関係も窺い知れます。

そして、終局・・・

父親ホイの下で暮らすトンも、やはり、苦しい障害が再びひどくなってきてしまい、アパートの隣人たちの執拗な糾弾により、ふたりは棲み処をなくしてしまいます。
この結末は、ほんとうに遣る瀬無いです。

香港の、いわば、自己責任と不寛容がこのような結末に導いたのだと思いますが、この自己責任と不寛容は、現在のわが国も蔓延しているものです。
薄っぺらな「絆」や「つながり」という言葉だけがひとり歩きしている感も無きにしも非ずな現在、感じるところの多い一篇でした。

評価はで★★★★(4つ)としておきます。

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2020年映画鑑賞記録

新作:2020年度作品: 36本
 外国映画28本(うちDVDなど 7本)
 日本映画 8本(うちDVDなど 0本)

旧作:2020年以前の作品: 52本
 外国映画32本(うち劇場鑑賞 2本)←カウントアップ
 日本映画20本(うち劇場鑑賞 0本)
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この記事へのコメント

2020年05月30日 19:13
へ~、全然知らない作品です。こんな香港映画があったとは。
面白そうですね。機会があったら見てみたい。

自己責任と不寛容は、まさにイマドキ日本に蔓延しており、通じるものがありますね。
りゃんひさ
2020年05月30日 23:15
>トリトンさん

まさにイマドキ日本に似ています。
ぷ~太郎
2020年06月02日 23:46
この作品の中で、最も気味悪いのは、やはり元恋人に連れていかれた教会のシーンでしょう。信者達の人前での告白は要は自己陶酔、自己顕示欲の発散にすぎません。こういうのが皆を救うものだと信じているのは恐ろしいです。これに比べたら、アパートの住人の反応はまあ、普通というか・・・。でも一昔前の映画だと、こういう同類達が困ったときはお互い様だと助けてくれたんですよね。そういう結末にできないところが、現代社会を表していますね。
りゃんひさ
2020年06月03日 09:47
>ぷ~太郎さん

>一昔前の映画だと、こういう同類達が困ったときはお互い様だと助けてくれたんですよね。
→そうですね。このあたりが現代社会を写していると感じました。