『すばらしき世界』:追記

西川美和監督の新作『すばらしき世界』、メインのレビューは先に記したとおりですが、もう少し付け加えてみようと思います。

この映画、山田洋次監督の『男はつらいよ』と類似・相似の人物配置と書きましたが、ひとつ、書き漏らしておりました。

『すばらしき世界』で九州に戻った三上をお相手するソープ嬢の名前。
「リリーさん」です。
『男はつらいよ』で浅丘ルリ子が演じた最高マドンナと同じ名前ですね。
その上、リリーさんと三上はコトを為さない・・・

と、これは忘れちゃいけなかったです。

さて、人物配置もさることながら、製作された時代背景も考察すると・・・

『男はつらいよ』の第1作が製作されたのは1969年、昭和44年のこと。
東京五輪からしばらく経ち、大阪万博を控えて、世は高度経済成長期でした。
車寅次郎のようなフーテン生活はひとびとに受け入れられず、だれもがいい会社に就職して、バリバリと働く時代。
寅さんだって、アウトローでした。
主題歌の歌詞2番の冒頭にあるように、「どうせオイラはヤクザな兄貴、わかっちゃいるんだ、妹よ」と自認していました。

根無し草、フーテンと後ろ指差されようと、自由で裏表のない生き方のできる寅さんに観客は憧れ熱狂したので、続々とシリーズが作られたわけです。

対して、『すばらしき世界』の三上を取り巻く世界は、東京五輪は近いものの、だれもがいい会社に就職できるわけでもなく、バリバリと働いたからといって、いい暮らしができるわけじゃない。
バリバリと働かないと暮らしていけないから働くだけ。
いい暮らしができる、というような夢を見ることすら出来ません。

他人になんて構っちゃいられない時代、いま現代はそういう時代なんだ・・・
と思うと、三上を取り巻くひとびとが、あまりにやさしく、やさしすぎるんじゃないか、なんだか嘘っぽいね、と感じてしまうかもしれません。

そう、『男はつらいよ』の時代と、時代の様相がちがう、生きているひとが違う。
同じに見えても、やっぱり違うわけです。

そう考えると、やはり現在の世界は「すばらしき世界」ではありませんね。
『すばらしき世界』が来ること、来るようにしたい、という願いを込めたタイトルなのでしょうね。

*********

もう少しだけ付け加えると、三上の性格を先のレビューでは
「真っ直ぐ」で「曲がったことが嫌い」、「思いやりもある」が「癇癪持ち」、つまり、裏表のない性格・・・
と書きましたが、付け加えるとすると、

他人に親切(いわゆる義侠心)は強いが、「俺が、俺が」っていう意識も強い。

こんな俺だが、俺にだっていい目してもいいだろう、スジを通してんだから当然だろう、と思っている。

ここのところは寅さんも似ているのだけれど、時代の様相が違うので、三上が感じていることは世間からは受け容れられない。

どうしてお前がいい目みなきゃいけないんだよ! と観客側が思ってしまう時代になってしまった・・・

そう考えると、やはり現在の世界は「すばらしき世界」ではありませんね。
(少し憂鬱になってきました)

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この記事へのコメント

ぷ~太郎
2021年02月18日 16:15
追記の方の意見に近いのでこちらにコメントします。主人公を取り巻く人々の配置は確かに寅さんに似ていますが、内実は違っています。
主人公を理解し援助していますが、自分の懐にいれようとはしません。それは当然他人だから。寅さんの場合は肉親です。何だかんだ言っても最後は決して見放さず受け止める。それがわかっているから寅さんは旅に出ても帰ってこられるのです。そういう場所が寅さんにはあったのです。この主人公にはそれがない。小さい頃からそれがない。永遠にない。それでも生きていくのです。刑務所もヤクザの世界も良くない世界だと言う。ならこの世間は良い世界なのか。
弱者が弱者をいじめて生きる世界です。そんな中に主人公は入れられ、自身もまた弱者をいじめる側にたたされる。そんな世界で彼は生きていけないのは自明ですね。最後はいじめた弱者からもらった花を握りしめて死ぬ。哀れです。
空は広く見えるけどすばらしき世界なのか、ぽんと提示されたこの疑問。ああ、やはり西川監督の世界なんだなあと思い知りました。
唯一、主人公の元妻が子供連れでランチデートしようと無邪気に誘うシーン、これが救いでした。彼女だけは彼を懐にいれようとしていましたから。
じゃむとまるこ
2021年02月18日 19:48
こんばんは。
いろいろと考えを巡らせてしまう映画ですね。
私も今ブログ記事に追記してきました。

>三上を取り巻くひとびとが、あまりにやさしく、やさしすぎるんじゃないか、なんだか嘘っぽいね、と感じてしまうかもしれません。

これなんですね~、彼らには葛藤がないのです。
葛藤は津乃田にだけある、そこはたまたまそうなのか、そう作られたのかでは大いに違うと思うわけです。
りゃんひさ
2021年02月18日 21:12
>ぷ~太郎さん

コメントありがとうございます。
そうですね。寅さんには最終的に帰る場所があった。
三上には、なかった。
そこんところが、三上を哀れにさせているのでしょう。
憤死、なのかもしれません。
りゃんひさ
2021年02月18日 21:23
>じゃむとまるこさん

ご意見どおり、津乃田を除いて取り巻く人々が葛藤なく三上を受け容れているあたりが、この映画の弱点なのでしょうね。
そう簡単には、たらしこまれません、っていうのが今の世の中でしょうから。
そういう意味ではこの映画、ある種のファンタジー、寓話かもしれませんね。