『博奕打ち 総長賭博』:崇高な理念が地に堕ちていこうとする時代の象徴 @東映70周年特集上映

博奕打ち・総長賭博.jpg

1968年製作の山下耕作監督・東映映画『博奕打ち 総長賭博』、東映70周年特集上映で劇場鑑賞しました。
はじめにお断りしておくと、東映の任侠映画・ヤクザ映画はほとんど観ていません。
この映画は以前所属していた映画サークルで、先輩諸氏から「良いわよぇ」と聞いていた作品です。
さて、映画。

昭和九年、東京江東地区に縄張りを持つ天竜一家。
一家の総長荒川が脳溢血で突然倒れてしまう。
二代目の跡目目相続が問題になるが、筆頭格の中井(鶴田浩二)は大阪からの移籍組で生え抜きではないと固辞。
兄弟分で服役中の松田(若山富三郎)の出所まで跡目は待つべき、と進言するが、荒川の舎弟・一門の仙波(金子信雄)は、荒川の娘婿・組では格下の石戸(名和宏)を指名、強引に取りまとめてしまう。
ほどなく、服役してきた松田が跡目の件を中井から知らされると「それは筋違い」と、石戸に殴り込みをかけようとするのだった・・・

といったところからはじまる物語で、松田に妹の弘江(藤純子)を嫁がせている中井は、渡世の義理と人情、男の面子の間で板挟みになる。

前半の見せ場は、中井が松田の殴り込みをさせまいと対峙して説得するシーン。
ちゃぶ台を挟んで対峙したふたりをローアングルのフィックス、長廻しで撮っており、中井が「どうしても石戸のところへ殴り込みにいくというならば、この盃を割ってからにしてくれ」というところで、盃のアップへと切り替わる。
絶妙のタイミングで、この後、「こんなちっぽけな盃のために、男の意地を引っ込めなきゃならないのか」という松田のセリフが被る。
名場面である。

ここで事態は収まるかに見えたが、ふたりのやりとりを聞いていた松田の子分・音吉(三上真一郎)が独断で石戸に殴り込み、事を荒げてしまう。

男の世界は「馬鹿と阿呆のせめぎ合い」といわれるが、まさに音吉は阿呆である。

これをきっかけに展開に拍車がかかり、中井の妻つや子(桜町弘子)の死などを挟み、荒川組跡目披露の大花会、その直前の松田による石戸の襲撃、中井による事態の収束・大修羅場へと向かっていく。

修羅場は、中井による松田の殺害、これは渡世の義理を通したものだ。
直後、弘江が駆けつけて来、松田の骸をみた弘江は兄・中井にむかって一言「ひと殺し」と言い捨てる。

この一言がクライマックスの修羅場での名台詞に繋がっていく。

最後の修羅場は、今回の騒動の絵図を引いたのが仙波であることを知った中井が仙波を討つのであるが、仙波は任侠の世界に、大陸進出を狙った政治家の片棒を担ぐという任侠外の世界を持ち込もうとした、その義憤からである。
中井に刺される前、仙波は中井に向かって「あんたの任侠道っていうのはそんなものか」と詰りつけるが、「俺には任侠なんてものはない。俺はケチな、ひと殺しだ」と吐き捨てる。

任侠や仁義なんてない男の修羅場に繋がっていくのであるが、製作された1968年は学生運動も終焉に向かおうとしていた。
崇高な理念も血に染まり、地に堕ちていこうとする時代であった。

傑作と評していいでしょう。

評価は★★★★☆(4つ半)としておきます。

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2021年映画鑑賞記録

新作:2021年度作品:68本
 外国映画41本(うちDVDなど17本)
 日本映画27本(うちDVDなど10本)

旧作:2021年以前の作品:90本
 外国映画64本(うち劇場鑑賞 4本)
 日本映画26本(うち劇場鑑賞 5本)←カウントアップ
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