『ペトルーニャに祝福を』:わたしだって幸運の十字架ぐらい掴んでもいいはず @DVD

ペトルーニャに祝福を.jpg

昨年5月公開の映画『ペトルーニャに祝福を』、DVDで鑑賞しました。
年末年始は、女性が主役の映画をDVDで観ていました。
さて、映画。

北マケドニアの小さな町。
老いた両親と暮らす32歳のペトルーニャ(ゾリツァ・ヌシェヴァ)。
歴史を専攻して大学を卒業したものの、希望する職には就けず、これまでにした仕事といえばウェイトレスのバイトだけ。
両親の勧めで、縫製工場に事務職の仕事を求めて面接に赴くも、「そんな仕事はない」と、にべもない。
だけならまだしも、面接のマネージャからセクハラを受け、「そんななりじゃそそられない」と侮辱までされる始末。
自暴自棄になりかけた帰り道に遭遇したのは、町の裸まつり。
司祭が橋上から投げる十字架を、川に入った大勢の裸の男たちが奪い合い、手にした者には幸運が訪れるというもの。
参加できるのは男だけ。
しかし、司祭が十字架を川に投げ入れた瞬間、ペトルーニャは衝動的に川に飛び込み、十字架をいち早く手にする。
わたしにだって幸運が訪れていいはず・・・

といったところからはじまる物語で、男性だけが参加できるまつりに女のペトルーニャが飛び入り参加し、幸運の十字架を手にしたものだから、その後、物事が紛糾するのは道理。

騒動を嗅ぎつけたテレビ局から女性レポーターもやって来、ペトルーニャは事情聴取の名目で警察署に連行されてしまう。
警察署の前には、まつりに参加した男たちが大挙して押し寄せ、「十字架を返せ! このアバズレ」と罵声をあげる。

旧弊は男性優位の価値観、ジェンダーギャップへの反抗映画はこれまでにも枚挙がないが、この映画でのペトルーニャの行動は、声高にそれを叫ぶのではないあたりに映画としての好感が持てます。

ただ幸せになりたかっただけ、そのための幸運を得たかっただけ。
いや、そもそもわたしに居場所があったのか。
なまじ、大学などを出たせいで、職にも就けず、若くもなく、太っているせいで、女性としての魅力もないと罵られる。

わたしには居場所がない。
認めてくれるひとなんて、どこにもいない・・・・

その声にならない叫びは、日本でも同じこと。
いや、なまじ、ジェンダーフリー、ジェンダー平等を掲げているだけ、タチが悪いかもしれません。

そんなことを考えながら映画を観ていると、ペトルーニャを気遣ってくれる男性が現れる。
警察官のひとりで、水を浴びせられたペトルーニャに「寒くないか」と声をかけてくれて、上着まで貸してくれる。
認めてくれるひとが、ひとりで来たのである。

最後、ペトルーニャは司祭に十字架を返すのだけれど、その際、「わたしにはもう必要ない。必要なひとにあげて」という。
そうね、「男の方が偉いんだ」なんて言っている男たちは、だれからも気遣ってもらっていない、認めてもらっていないのかもしれません。

不幸せなのは、ペトルーニャではなかった、だけではなかった、のかもしれません。

評価はオマケ込みで★★★★(4つ)としておきます。

追記>
前知識で観はじめたので、どこが舞台なのかが最初はわかりませんでした。
名前の感じからすると、ロシアに近いような気もするし、タイトルの文字もキリル文字かギリシア文字によう。
途中、「歴史? アレキサンダー大王か?」みたいな話も登場し、「マケドニア」ということがセリフで出てくるので、ようやくわかった次第。
けれど、マケドニアって、どこ? という状態は続いたまま。

観終わって調べて、ようやく、ギリシアの北東、旧ユーゴスラビア領ということがわかったわけ。
まぁ、普遍的な物語だから、舞台がどこであっても、鑑賞するには支障はなかったですけど。

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2022年映画鑑賞記録

新作:2022年度作品: 0本
 外国映画 0本(うちDVDなど 0本)
 日本映画 0本(うちDVDなど 0本)

旧作:2022年以前の作品: 2本
 外国映画 2本(うち劇場鑑賞 0本)←カウントアップ
 日本映画 0本(うち劇場鑑賞 0本)
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