『チャンス』 ハル・アシュビー監督 (1979) :いないけれども、そこにいる・・・ @DVD

チャンス・ピーターセラーズ.jpg

ことしも早や12月、年末には掃除をしなければならないが、買い置きDVDも鑑賞して整理しないと・・・
というわけで、買い置きDVDで『チャンス』を鑑賞しました。
そういえば、昨年度の「午前十時の映画祭」のラインナップに並んでいましたね。
さて、映画。

中年庭師のチャンス(ピーター・セラーズ)。
ある朝、暮らしている古い屋敷の老主人が死に、黒人の老メイドも出ていったところに管財人の弁護士がやって来て出ていかざるを得なくなってします。
チャンスは知能的にも劣っていることもあり、生まれてからこの方この屋敷から出たことはなく、庭の手入れ以外には日がなテレビをみて過ごしてきた。
外へ出てみると、そこはワシントンD.C.のダウンタウン。
黒人少年たちに絡まりたりしながらいた時、ひょんなことで、政財界の大物ランド氏(メルビン・ダグラス)の妻イヴ(シャーリー・マックレーン)と知り合い、ランド氏の屋敷に招かれることになる・・・

といったところから始まるもので、いわば「聖なる愚者」の物語。

病床のランド氏をはじめ、大統領(ジャック・ウォーデン)もチャンスの言葉に揺り動かされて、チャンスはどんどんと大立者として祭り上げられていく。
彼にしてみれば、庭の手入れについて訊かれたと思い、そのことについて返答しただけなのだが。

この周囲の勘違いによってどんどんと祭り上げられるパターンはよくあるハナシで、最近では『ジョーカー』もこのパターンの変型といえる。

で、この手の映画では、主人公の正体がバレて(といっても周囲が勝手に勘違いしているだけなのだが)、ストーリーが展開するのが常だが、そうならないのがこの映画が秀逸なところ。
どんでんや謎解きや常識的な平和を取り戻しておしまい・・・とはならない。

彼を大統領候補に!という常識路線上でワンランクエスカレートした上で、チャンスに水上を歩かせるというファンタジーかつ宗教的側面を持たせて終わるので、後味は奇妙で不可思議な余韻を残している。

原題「BEING THERE」は「そこにいること」の意味だけれど、チャンスは記録上は「どこにも存在しないこと BEING NOWHERE」であることが興味深い。
いないけれども、そこにいる・・・というのは、やはり宗教的暗喩なのでしょうね。

評価は★★★★(4つ)としておきます。

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2019年映画鑑賞記録

新作:2019年度作品:110本
 外国映画82本(うちDVDなど19本)
 日本映画28本(うちDVDなど 9本)

旧作:2019年以前の作品:80本
 外国映画55本(うち劇場鑑賞14本)←カウントアップ
 日本映画25本(うち劇場鑑賞10本)
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