『クリード チャンプを継ぐ男』:原点回帰、それは存在意義を証明すること @試写会

画像

1976年製作の『ロッキー』から約40年、『ロッキー・ザ・ファイナル』から9年。
「新章、始まる」と銘打ったスピンオフ作品『クリード チャンプを継ぐ男』、試写会で鑑賞しました。
「クリードって誰?」という若い映画ファンもいるかもしれない。
第1作で、ロッキー・バルボアが戦った世界チャンピオンだ。
ロッキーは、その映画で彼の存在意義を証明した、最後まで、リングに立ちつづけることで・・・
さて、映画。

孤児施設で暮らしていたアドニス・ジョンソン。
彼は血気盛んだったが、養母メアリー・アン・クリードに引き取られてからは品行方正になり、生命保険会社で昇進するほどになった。
しかし、若いころから盛んな血気を抑えることができず、メキシコでの賭けボクシングで戦っていた。
彼の血気の源、それは元ボクシングチャンプの父アポロ・クリードの血だった・・・

というハナシ。
その後、アドニスはプロボクサーになるために、父の盟友ロッキーにトレーナーを依頼していく。
そして、第1戦目で勝利したアドニスが、アポロの息子だということが世間に知られることで、暴力沙汰を起こして進退窮まった英国のチャンプの当て馬試合相手に選ばれる・・・

と、後半はロッキーの第1作目をなぞるかのような展開になっていく。
脚本も兼ねた監督のライアン・クーグラーは、よほどオリジナル作品が好きで、敬意を表していることがうかがえ、好感が持てる。

監督は、オリジナル作品のもっとも良いところ・善いところを、40年経って蘇らせようとしたのだ。

オリジナルのロッキーは名もなき男。
その存在は小さく、いてもいなくてもそんなに変わらないのではないかという負け犬。
そんな彼が、はじめて愛した女性エイドリアンに、自分の存在の意義を証明するために、最後までリングに立ちつづけようとした。
試合には負けたが、闘いには勝つ、負け犬だった自分に克つのである。

本作のアドニスも、英国チャンプが揶揄するように「親の七光り」で脚光を浴びただけではないか。
チャンプ・アポロの亡霊・虚名の存在。
アドニス自身に実体がないのではないか、自身でもそう思ったりもする。
実体がない男が、自分の存在の意義を意義を証明するために、リングで闘うのである。

結果は推して知るべしであるが、虚名の自分に克ち、自身の実体を取り戻す。

この結果、わかっちゃいるけれど泣けるねぇ。

この映画、そういうオリジナルに敬意を表しているだけでなく、一段上にいくぞ、のような気概も感じる。
それは、アドニスの第1戦のファイトシーン。
このシーン、はじめのゴングが鳴ってから決着がつくまで、1カットで撮っている(ようにみえる)。
編集技術がアップしているかもしれないが、相当な迫力。
ここは文句なく素晴らしい。

それに、歳を重ねたロッキー、シルヴェスター・スタローンも人間の深みが出て、これまた素晴らしい。
今回は、ゴールデングローブ賞の助演男優賞にもノミネートされている。
アカデミー賞でも助演男優賞にノミネートされれば、約40年を経て、同じ役で主演と助演でノミネートされるという珍しい記録になること請け合い。

ただし、もったいないのはエンディング。
試合のカタが付いたあとのリング上でのインタビューなどは、現実ではそうだろうけど、蛇足。
ここがスキッと決まっていると、もっと高評価できたのですが。

評価は★★★☆(3つ半)としておきます。


------------------
2015年映画鑑賞記録

新作:2015年度作品:124本
 外国映画88本(うちDVDなど19本)←カウントアップ
 日本映画36本(うちDVDなど 7本)

旧作:2015年以前の作品:125本
 外国映画102本(うち劇場18本)
 日本映画 23本(うち劇場 8本)
------------------

"『クリード チャンプを継ぐ男』:原点回帰、それは存在意義を証明すること @試写会" へのコメントを書く

お名前
メールアドレス
ホームページアドレス
コメント