『ミスター・ガラス』:あなたは、超人いる派?いない派? @ロードショウ・シネコン

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M・ナイト・シャマラン監督最新作『ミスター・ガラス』、ロードショウで鑑賞しました。
アンブレイカブル』『スプリット』、そして本作で三部作を形成しています。
さて、映画。

女性4名の行方不明事件が発生している米国フィラデルフィア。
「アンブレイカブル(不死身の男)」デヴィッド・ダン(ブルース・ウィリス)は、息子のジョセフ(スペンサー・トリート・クラーク)とともに女性たちの捜索を行っている。
ダンの能力は、他人に触れただけで相手のことが判るというもの。
ケヴィン(ジェームズ・マカヴォイ)とすれ違った際に、彼が女性たちを監禁していることを知り、救助に向かう・・・

というところから始まる物語で、救出劇では「ビースト」に変化したケヴィンとダンの対決が繰り広げられるが、ふたりは捕縛され、精神病の研究施設に収容されてしまう。
が、そこには異常に知能が発達した「ミスター・ガラス」ことイライジャ・プライス(サミュエル・L・ジャクソン)も収容されており、ステイプル博士(サラ・ポールソン)は彼ら3人はともに精神病に過ぎないと言う・・・と展開する。

いわゆるヒーロー、スーパーヒューマン(超人)がいるのかいないのか、そこんところが主題なわけだが、3人が3人ともコミックブックや映画で描かれるヒーローほどの能力(たとえば、全身緑に変身するとか、火の玉を飛ばすとか、自身で空を自由に飛べるとか)はないあたりが、この映画の核心。

デヴィッド・ダンもビーストに変化したケヴィンも、一般的な人間に比べて、頑健で怪力なぐらい(ま、ビーストは天井を這いまわれるけど)。
イライジャに至っては、骨形成不全で骨折しやすいが、それは病気であり、異常に知能が発達しているかどうかはよくわからない(なにしろ、収容されている施設の管理が杜撰にみえるし)。

そして、デヴィッドはカウンセリングの結果、自身の特殊能力を自ら疑うようになり、結果、能力が損なわれてしまう。

個人的には、ここいらあたりが非常に面白く、精神の力によって肉体も変化するという、肉体と精神の不分離=哲学的な命題を感じるし、壊れやすいミスター・ガラスに呼応するかのように、決して壊れないアンブレイカブル・マンがいて、世界ではバランスをとっているという妄想じみた考えも気に入っている。
そして、この世界規模のバランス、ただしそのバランスは常に不安定というのが、これまた哲学的。

で、結果、映画はどこへ落ち着くのか、どう決着するのかとハラハラしていたら・・・

出たぁ!シャマラン節。
超高層ビルでの死闘と思わせておいて、安いロケでの肉弾戦。
このチープな感覚、これがシャマラン節だぁ!

しかし、このシャマラン節のチープなロケそのものが最後の最後に伏線だということに驚かされる結末。

さて、これを観て、スーパーヒューマン(超人)がいるのかいないのか、あなたはいる派?いない派?と問われています。

評価は★★★☆(3つ半)です。

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2019年映画鑑賞記録

新作:2019年度作品: 4本
 外国映画 4本(うちDVDなど 0本)←カウントアップ
 日本映画 0本(うちDVDなど 0本)

旧作:2019年以前の作品: 5本
 外国映画 3本(うち劇場鑑賞 1本)
 日本映画 2本(うち劇場鑑賞 2本)
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