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zoom RSS 『沈黙 サイレンス』:なにもしないからこそ、神なのかもしれない @ロードショウ・シネコン

<<   作成日時 : 2017/02/11 10:15   >>

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御大マーティン・スコセッシ監督の新作『沈黙 サイレンス』、ロードショウで鑑賞しました。
原作は遠藤周作で、1971年に篠田正浩が監督した作品もあるが、どちらも未読・未見。
スコセッシ監督がキリスト教に真正面から取り組むのは、1988年の『最後の誘惑』以来。
どちらかといえば、苦手な方に属するスコセッシ監督なのだが、信仰をテーマにした映画への関心は高いので、この映画、見逃せないと思っていました。
さて、映画。

1960年代前半、江戸時代初期、日本ではキリスト教への弾圧が強まっていた。
布教活動に渡ったポルトガル人宣教師フェレイラ師(リーアム・ニーソン)が棄教したとの噂がローマに届く。
弟子のロドリゴ(アンドリュー・ガーフィールド)とガルペ(アダム・ドライヴァー)のふたりは、真相を確かめるべく日本に渡ることにした・・・

というところから始まるハナシで、日本に渡ったふたりがみたものは、筆舌に尽くせぬほどの弾圧ぶりだった。

とにかく、映像と音に圧倒される。
暗闇の中で聞こえる風などの自然音、そこに静かに現れる白抜きのタイトル。
そして、本年度米国アカデミー賞撮影賞にノミネートされている撮影。
自然の息遣いを感じる(ただし、エンドクレジットをみると、いくつかのシーンは台湾で撮影されているようだ)。

さらに、長崎奉行らが行う弾圧・拷問のさまも容赦がない。
観ていて、本当に心苦しくなる。

そんな中でも、棄てない信仰、信仰心とは、一体なんなのだろうか。
正直よくわからない。

でも、身近なものに置き換えてみるとわかるかもしれない。
愛する妻や子どもの写真を前にして、「踏みつけろ。嫌いだ、可愛くもない、と言ってみろ」と迫られたらどうだろう。
やっぱり、出来ないよなぁ。

自分の心に嘘をつくことは、なかなかできない。
でも、「やらないと殺すぞ」といわれたら、うーむ、やっちゃうな。
映画のキチジロー(窪塚洋介)のように。

「これはだたの絵だ。踏んだところで、自分自身が神を(妻や子どもを)愛していることに変わりわない」と思いながら。
でも、その後、後悔はするだろう。
キチジローのように。

じゃ、妻や子どもを、そして神を愛するというのは、どういうことなのだろうか。
何かをしてくれるから愛するのだろうか、信じるのだろうか。
たぶん、違うのだろう。

何もしてくれなくても、愛するだろう。
いや、もしかしたら、何もしてくれないからこそ、愛するのかもしれない。
何もしてくれないということは、裏切ったり、軽蔑したりもしない。

映画を観ながら、そんなことを考えた。

評価は★★★★★(5つ)です。

<追記>
映画後半で、ロドリゴと対峙する井上筑後守(イッセー尾形)が交わす問答は興味深い。
筑後守は日本を沼地に喩えていたが、砂地に置き換えると、宗教に代わって、米国式グローバリズム経済とヒューマニズムが中東に迫っているような気がしてならなかった。

それにしても、撮影以外は無視した米国アカデミーも、なんだか偏狭な気がするなぁ。

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2017年映画鑑賞記録

新作:2017年度作品:13本
 外国映画12本(うちDVDなど 1本)←カウントアップ
 日本映画 1本(うちDVDなど 0本)

旧作:2017年以前の作品:11本
 外国映画 9本(うち劇場鑑賞 3本)
 日本映画 2本(うち劇場鑑賞 0本)
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