『第七の封印』いつしか理解可能になったような気がする@フィルムセンター

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イングマール・ベルイマン監督作品は70年代以降の限られた作品しか観ていなかったので今回の特集上映に出かけた次第。
「だいななのふういん」でははくて「だいしちのふういん」と読むのかどうか、双葉十三郎先生の『ぼくの採点評』で「だいしち」の並びにあったので少々戸惑いました。
さて映画は、

意外と戸惑わない。難解でもない。たしかにキリスト教的生活をしていないので、教義の細かいところは判らないが、そんな細かいこころまで描いているようには思えない。

どちらかといえば、十字軍に従事したマックス・フォン。シドウが突然死神を見る描写。
そりゃそうだろう。疲労困憊の果てには死神を見ずしてどうする。
チェスにより、自分の生命を委ねる、理解できる。

旅芸人の役者が聖母マリアと幼子イエスを観る・
不思議でもなんでもない。観るだろう。
彼はその後、シドウとチェスする死神の姿と、死神に敗れた一行の姿を見る。
まぁ、観るだろう。

ただ、現在観ても理解しづらいのは、疫病に冒された一行が(冒されることに恐怖した一行が)宗教指導者の許、自ら鞭打ち巡礼をするシーン。
あまりに異様な迫力であるが、なんだかバカらしく胡散臭いシーンである。
もしかしたら、ベルイマンもバカらしいなんて思っていたのではありますまいか。

初公開時、キリスト教的考えが浸透していないところへもってきて、信じるところと信じていないところを、並列に、同じようなトーンで描かれていたので、「難解」のレッテルが貼られたのではありますまいか。

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