『さくらんぼ 母ときた道』:後半、小奇麗に収まっていくのが残念

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原題の『桜桃』とは「さくらんぼ」の意味でもあるが、主人公の知的障害の母親の名前である。
脚の悪い夫・葛望と知的障害の桜桃が所帯を持つことになった経緯(いきさつ)、子供を欲する桜桃の様子、1980年代中国の農村での暮らしぶりなど、前半の描写は生々しい。

捨て子として育てられた桜桃、脚が悪い上に極貧で結婚など出来ないといわれていた葛望、ふたりの暮らす家は、ほんとうに何にもない。
「うすのろ」と村の子供たちにバカにされながら、豚追いをする桜桃。悪い脚を引き摺りながら狭い棚田も田植えをする葛望。

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村の唯一の娯楽は葛望が奏でる音楽。
そして、葛望の唯一の楽しみは夜の営み。
子供が欲しいと狂わんばかりに、壁に貼ってあった珠の男の子の絵を破ってお腹に貼り付けて、村をさまよう桜桃。
ここいらあたりの描写は桜桃を演じる苗圃の演技もあいまって鬼気迫るものがある。

で、ある夜、桜桃が女の赤ん坊を拾ってくる。
お包(くる)みの中の60元と、村長の助言もあって、紅紅と名づけられたその女の赤ん坊は葛望と桜桃との間で育てられることになるが、国のひとりっ子政策を知った葛望は、紅紅を街の施設へと手放してしまう。
(施設かどうかは定かに描かれていないのだが・・・)
その預ける様をみていた桜桃は、紅紅を乗せたミニバンを街まで追いかけるのだか、見つかるはずもない。
飲まず喰わず、雨と埃と街の喧騒にボロボロになってまでも、紅紅の取り戻そうとする桜桃の姿は、やはりここでも鬼気迫るものがある。

この前半は、中国映画らしい生活感が全編に溢れていて魅力に富んでいる(とはいえ苗圃の演技は凄すぎて引いてしまうとことが無きにしも非ず)のだが、後半、紅紅が長じて学校へ通いだしてからの描写が小奇麗に(というか常識の範囲に)収まってしまい映画的な魅力に乏しい。

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母娘の心を繋ぐ「さくらんぼ」も余りに多用しすぎて、効果半減である。

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本作品は中国と日本の合作なのだが、前半中国映画、後半日本映画みたいな感じがする。

成長して思春期を迎えた紅紅と、母親桜桃との葛藤をもう少し掘り下げて描いて欲しかったところ。
特に結末などは、ご都合主義ともいえる結末で、残念ながら感動するには程遠かった。

テーマ的には興味深いものであるが、作品的には前半★4つ弱、後半★2つ半というところなので、全体としては★3つとしておきます。

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