『人のセックスを笑うな』:山崎ナオコーラの原作を読みました。

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『人のセックスを笑うな』:山崎ナオコーラの原作を読みました。

11月に映画化作品を観て「ありゃりゃりゃ」と思ったのですが、格安中古文庫を見つけたこともあり、原作にチャレンジ!

いやぁ、イイじゃないですか。
ノンベンダラリでズンダラな映画と異なって、簡潔でヴィヴィッドな文体に感銘を受けました。

映画感想の際に気になったタイトルの理由も判明。
以下、手前味噌な引用です。

>タイトルが気にかかった。
>「人の」とは何?
>当事者が第三者に対して自身の行為を指すときは「ひとの」と表現して欲しい。
>第三者を指す「ひと」は「他人」と書いて「ひと」と読ませるのが通例である。
>(小学生の時に添削されたので、ナマナマしく覚えております)
>なので、「人の」と書かれると、「動物としてのヒト」かと思っておりました。

当たらずとも遠からじ。
原作終盤の文章を引用いたします。

>もし神様がベッドを覗くことがあって、誰かがありきたりな動作で自分たちに酔っているのを見たとしても、きっと真剣にやっていることだろうから、笑わないでやって欲しい。

なかなかズバリな表現です。
大学生と39歳の恋愛は(というよりも恋愛感情は)ありきたりで普通で珍しいものではないし、その切なさや感受性や焦りや諦めやなんやらかんやらは真剣なんだから。
ちょっと滑稽に見えるとしても。
でも、それがフツーなんだから。

へへへへへ。ちょっと嬉しいような照れくさいような、へへへへへ。

その普通さ加減は原作のユリ像にも表れている。

>生活臭がなく、身勝手極まりない。
と思ったけれど、原作では、みるめ君が評する「おへその下のぷっくらとした膨らみ」や「ぷよっとした二の腕」など的確な表現です。
ここいらあたりの感覚が映画に乏しく残念。

それから大きく異なるのは舞台設定。

原作では、学校は渋谷、ユリちゃんのアトリエは二子玉川、猪熊家はたまプラーザ、みるめ君の住まいは埼玉。
基本的には、都心からちょっと離れた郊外というイメージ。
映画では桐生市! うーむ、ユリちゃん、浮きまくり。

猪熊さんも映画のあがた森魚とはかけ離れた大きなひとのイメージ。

やはり、文芸作品の映画化は難しい。
物語を監督の世界で映像化するよりは、原作が持つ簡潔でヴィヴィッドな文体を映像化して欲しかったというのが正直なところです。

<追記>
大きな活字の文庫で120ページほどなので、1時間程度で読めてしまいました。

↓原作(文庫、単行本)↓
 

↓映画DVD↓


↓映画サントラ↓


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