『日陽はしづかに発酵し・・・』: 陰鬱な世紀末SF映画(アクションなし) @特集上映

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9月後半にはいろいろと映画を観たのだけれど、忘れないうちに書いておかねば・・・という感じでのレビューです。
映画は『日陽はしづかに発酵し・・・』。
ソ連(ロシア)の巨匠アレクサンドル・ソクーロフ 監督の1988年作品。
「巨匠」なのだが、通俗的な作品などまるで撮っておらず、先に観たのは、昭和天皇を描いた『太陽』のみ。
うーむ、このままでいいのか・・・などと逡巡し、ならば、特集上映でも必ず上映されるこの作品を観ようと心した次第。
さて、映画。

中央アジアのトルクメニスタン。
荒涼とした大地の中に、時代不明な集落がある。
入り組んだ家、路地、どこからともなく聞こえる異音・・・
そんな集落に先ごろ赴任したロシア人青年医師マリャーノフ(アレクセイ・アナニシノフ)は、この地で多く見受けられる病気についての論文を執筆している・・・

というところから始まる物語だが、とにかく140分近い尺の前半はストーリーらしきものがない。

マリャーノフには、ロシア人と現地人の混血のサーシャという友人がいる。
また、隣人には、軍の技術者でスニェガヴォイという男がい、彼はマリャーノフの患者でもある。
ある日、マリャーノフのもとに差出人不明の小包が届き、中身はゼリーに固められた海老だった。
そして、翌日、マリャーノフのもとに姉が突然訪ねてくる・・・

と展開するのだが、まるで脈絡がなく、映像はほとんどセピア(というより砂漠色)、台詞はなく暴力的な音楽と効果音がガンガンと鳴り響く・・・

なので、観ているうちに気がふれるか、思考停止で眠りに陥るか、ということになることは必定(ならない場合は、よほど忍耐強い)。

で、拠り所などまるでないストーリーが中盤から興味深くなってきます。

自殺したスニェガヴォイの遺体を霊安室に確認しに行ったマリャーノフは、そこで遺体から語りかけられます。
「人間には、どうしても超えてはならない境界がある・・・」

あ! これ、SF? もしかして、SF?

この辺境のトルクメニスタンの入り組んだ家や路地や、どこからともなく聞こえる異音は、なにかの暗喩?
世紀末?
たぶん、そうなのだろう。
終末世界。
もう、おしまい。

マリャーノフのもとに、突然と現れる幼子は、意味不明な権力者によって連れ去れて、友人サーシャも一両だけの機動車に乗って旅立っていく・・・
(たぶん、マリャーノフとサーシャは同性愛の関係なのではないか、とも感じられる)

残されたマリャーノフには、いつも聞こえる異音がいつも以上に大きく聞こえ、それは噛み合わさった歯車の音。
その歯車の先のクランクが何やらドロドロしたものを汲み上げてくる・・・
異様な、ドロドロしたもの。
それは、天然資源のウランのようだ。
しかし、そのウランを労働者たちは素手で掬い上げている・・・

日陽はしづかに発酵し・・・ではなく、日々しずかに衰弱し、死は近づいている・・・

そんな映画だと感じました。

ロシア現代史の暗喩である、との解説もあるのですが、そこんところはよくわからなかったです。

陰鬱な世紀末SF映画(アクションなし)といったところでしょうか。

評価は★★★☆(3つ半)としておきます。

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2018年映画鑑賞記録

新作:2018年度作品:58本
 外国映画47本(うちDVDなど 1本)
 日本映画11本(うちDVDなど 0本)

旧作:2018年以前の作品:57本
 外国映画50本(うち劇場鑑賞11本)←カウントアップ
 日本映画 7本(うち劇場鑑賞 1本)
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