『マダムのおかしな晩餐会』:上流と下流。とはいえ、ま、同じようなものか @DVD・レンタル

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昨年末公開の『マダムのおかしな晩餐会』、DVDで鑑賞しました。
監督・原案・共同脚本はアマンダ・ステール
共同監督には、古くはスピルバーグ監督の劇場デビュー作『続・激突!/カージャック』や『コルベット・サマー』、新しいところでは『オーケストラ』『クリムゾン・ピーク』のベテラン、マシュー・ロビンス
さて、映画。

アメリカからパリに移り住んだセレブのアン(トニ・コレット)とボブ(ハーヴェイ・カイテル)。
ふたりは、友人たちを招いて豪華なパーティを開くことにしたが、ボブが先妻のぐーたらな息子に同席するようといったところから、出席者が不吉な13人となってしまう。
ありゃま!と女主人のアンは、スペイン人メイドのマリア(ロッシ・デ・パルマ)を、いっときのレディに仕立てて同席するようにしたところ、ボブの友人がマリアに一目ぼれしてしまう・・・

といったところから始まる物語で、よくある「なりすまし」&誤解のコメディ。

で、そんなよくある設定であぶり出すのは、上流階級とそれを見下す(見下されている)労働者階級のいわゆる「身分違い」なのだけれど、欧米ではいまだ厳然とそれがあるのが、そら恐ろしい。
「セレブ」というのは、お金持ちの仲間内で有名な人という意味合いで、金持ちだからといって、人品優れていることとは別なのだけれど、そこいらあたりが笑いの根底にあるというのは、古臭い感じがする。

でも、この映画のいいところは、そんな上流は上流、下々は下々、とあっけらかんと言い切っているあたりで、そんな差別的考えがあるのはあるので、そんなところに頓着しないあたり。

上流のアンもボブも最終的には下半身まるだしなところが描かれ(とはいえソフィスティケートされているが)、身分を偽ったマリアにも「ハッピエンド」が待ち構えている(かも)と思わせるラストは、ちょっとイイ感じ。
ここいらあたりは、ベテラン脚本家のマシュー・ロビンスの腕か、新進の監督兼のアマンダ・ステールの腕か、気になるところ。

評価は★★★(3つ)です。

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2019年映画鑑賞記録

新作:2019年度作品:32本
 外国映画31本(うちDVDなど 3本)
 日本映画 1本(うちDVDなど 0本)

旧作:2019年以前の作品:48本
 外国映画36本(うち劇場鑑賞 8本)←カウントアップ
 日本映画12本(うち劇場鑑賞 3本)
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この記事へのコメント

ぷ~太郎
2019年07月31日 15:32
そうですね、上流(それが成金でも)は下流のことは気にもしないんだということを、堂々と描いている点では潔いよい気がしますね。だから観終わった後、嫌な感じが残らないのかもしれません。

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