『ジョン・F・ドノヴァンの死と生』 :たかが生きづらさの問題、というなかれ @ロードショウ

ジョンFドノヴァン.jpg

グザヴィエ・ドラン監督の新作『ジョン・F・ドノヴァンの死と生』、ロードショウで鑑賞しました。
監督作品は『マイ・マザー』『胸騒ぎの恋人』『わたしはロランス』『トム・アット・ザ・ファーム』『Mommy マミー』『たかが世界の終わり』に続いて7作目です。
さて、映画。

2006年のある日、若手人気俳優ジョン・F・ドノヴァン(キット・ハリントン)が死んだことが報道される。
カフェのテレビニュースで母親(ナタリー・ポートマン)とそれをみた11歳の少年ルパート(ジェイコブ・トレンブレイ)は、「今朝、ジョンからの手紙を受け取ったはずだ」と母親に詰め寄る。
時は流れ、10数年後、新進俳優となったルパート(ベン・シュネッツァー)は、プラハで政治ジャーナリスト・オードリー(タンディ・ニュートン)からインタビューを受けることになった。
インタビューの中で、ジョンとルパートのそれぞれの人生が明らかになっていく・・・

といったところからはじまる物語で、宣伝内容などから受ける印象では、ジョンとルパートの関係に焦点を当てた物語のようにみえるが、それは違う。

ルパートと母親、ジョンと母親(スーザン・サランドン)のふたつの親子関係が描かれる物語(後者は兄や叔父などが出るので正確には家族関係であるが)。
これは、冒頭しばらくしてわかる。
青年になったルパートがインタビュアーに示される初著作の献辞が母親に捧げられているからだ。
そして、それからしばらくすると、ジョンの物語にも母親が早々に登場する。

これまで、グザヴィエ・ドランが描き続けてきた、母親と息子の物語を、二重写しで描いていこうとしているわけですね。

また、これも当然のように、ジョンもルパートも、ドランを投影したとおり、ゲイである。
なので、またしても、ドランの個人的な心情を吐露したような映画とも思えるのだけれども、それは違う。

ふたつの母子の物語を深堀りしつつ、時の隔たりを差しはさむことで、本人たちの変化、周囲の受け取り方も含めて、時代の変化を大局的に捉えているといえる。

10数年前までは、ゲイであることは、ある種のタブー感があった。
いまでこそ、映画監督や俳優のなかでもカミングアウトする人も増えてきているが、当時は、そんな時代だったか・・・と思う。

現在、青年になったルパートは、どこにも誰にもはばかることなく自分を肯定している。
これは大きな違いであろう。
そんな彼が、インタビュアーに対してはじめにぴしゃりという、「世界的貧困や民族対立などと比べれば、あなたは、個人の生きづらさなど大した問題ではないと思うかもしれないが」と。

どちらも同じ地平にある問題である、と。

この大きな骨幹があるので、ラスト、迎えに来た青年のバイクの後部に乗ったルパートに対して、政治ジャーナリスト・オードリーが向ける笑顔に希望を感じるのでしょう。

以下は、演出などについて。

本作では、俳優たちのクロースアップを多用しているが、これは前作『たかが世界の終わり』とほぼ同様だが、今回は上手くいっていると感じました。
この手法は、1対1の関係、つまり、今回の母と子、ジョンとルパートとの対比などでは非常に効果を発揮していると思いました。
逆にいえば、ジョンと家族の会食シーンや母と兄とのバスルームのシーンではあまり上手くいっていませんでした。

また『わたしはロランス』『トム・アット・ザ・ファーム』でみせたカラフルであったり、画角を変化させたりといっ突飛な映像表現は鳴りを潜めました。
奇をてらわずとも映画を撮れるという自信の表れでしょうか。

最後に、相変わらず、音楽の使い方が抜群に上手いです。

評価は★★★★☆(4つ半)としておきます。

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2020年映画鑑賞記録

新作:2020年度作品: 26本
 外国映画18本(うちDVDなど 1本)←カウントアップ
 日本映画 8本(うちDVDなど 0本)

旧作:2020年以前の作品: 21本
 外国映画13本(うち劇場鑑賞 2本)
 日本映画 8本(うち劇場鑑賞 0本)
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この記事へのコメント

2020年03月19日 18:21
あのラストは、爽やかで希望が見えて、素晴らしかったですね。
しっかりジョンの想いが、ルパートに受け継がれたんだな、と思いました。
一貫して母と息子を描いて来た監督、今回の二組の親子関係も深くて、ちゃんと和解して理解するのが感動的でした。
じゃむとまるこ
2020年03月19日 21:42
こんばんは。
これはどうも・・・・好きにやってくれと突き放したくなるところがあって、「たかが世界の終わり」はナルシーで、いやだな~、と思ったのですが、これはそうでもなく、でも・・・なんです。
ただ最終盤の1シーンで気分良く映画館を出られましたが。
グザヴィエ・ドランの映画にインパクトのあるスターは必要ないように思うのですが、パーソナルな映画の良さが壊される気がしました。
りゃんひさ
2020年03月20日 00:40
トリトンさん

二組の母子、どちらも理解をしあえて、よかったですね。現実には、なかなかそうはいかないものですが。
りゃんひさ
2020年03月20日 00:45
じゃむとまるこさん

この作品、結構評価が分かれているようですね。週刊文春の星取でもバラバラでしたし。
ぷ~太郎
2020年03月24日 14:35
確かに、映画音楽に疎い私でも、この音楽の使い方いいなぁと思ってしまった作品です。前作に比べればすごくわかりやすく作られていますよね。最後を明るく締めくくったことも好印象でした。アメリカにおいてさえ10年前はこれほどゲイに対する偏見があったとは、と改めて驚かされもしました。映画の良し悪しではなく、ドラン監督への好き嫌い(ゲイや母息子に焦点を当てる描き方も含めて)がいつも評価を分けているような気がしますが、これはもう仕方がないことですね。
りゃんひさ
2020年03月24日 22:07
ぷ~太郎さん

ドラン監督が好きかどうかで評価されるのは彼にそれだけカリスマ性があるからかもしれませんが、あまり好ましい傾向ではないですね。
2020年05月19日 16:45
こんにちは。
上手く言えないのですが、「生きづらさ」という点では当時のドノヴァンも、当時子供だったルパートも、等しく「生きづらかった」のだと思います。
ただ、時代とともに、またドノヴァンとの思い出とともに、ある種の昇華ができたルパートは幸運だと思い、それ故にラストのオートバイの二人乗りのシーンにはカタルシスを感じました。
りゃんひさ
2020年05月19日 22:05
>ここなつさん

ご訪問&コメントありがとうございました。
ドノヴァンの生きづらさもルパートの生きづらさも同じだったと思います。そして、その生きづらさはドランも同じだったと感じました。ただ少しだけ時代が変わり、周囲の理解も進んだこともあり、成長したルパートは、何かしらの昇華したものを得たと思います。周囲を感覚を代弁していたのが女性インタビュアーでしょうね。
りゃんひさ
2020年05月19日 22:05
>ここなつさん

ご訪問&コメントありがとうございました。
ドノヴァンの生きづらさもルパートの生きづらさも同じだったと思います。そして、その生きづらさはドランも同じだったと感じました。ただ少しだけ時代が変わり、周囲の理解も進んだこともあり、成長したルパートは、何かしらの昇華したものを得たと思います。周囲を感覚を代弁していたのが女性インタビュアーでしょうね。