『あのこは貴族』:生きづらかった二人の女性の新たな人生 @ロードショウ

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門脇麦、水原希子ダブル主演の『あのこは貴族』、ロードショウで鑑賞しました。
山内マリコの同名小説を、新進の岨手由貴子が監督、とメインは女性。
こういう布陣の映画は、70年代後半から80年代にかけては「女性映画」と呼ばれていましたね。
さて、映画。

東京の高級住宅街・松濤に両親と暮らす華子(門脇麦)。
「箱入り娘」というに相応しい、すべてに受け身、結婚をして良い家庭を築くことがすべて、といったような27歳。
ある年の正月、年始の会食の席で恋人を紹介するはずだったが、直前に振られてしまい、その後、焦り始めて婚活に奔走する。
お見合い、友人からの紹介など幾多の失敗の末、姉の配偶者の紹介で知り合ったのが、良家の子息・青木幸一郎(高良健吾)だった・・・

というところからはじまる物語で、幸一郎に腐れ縁のような女性がいることがわかり、その女性というのが、富山県出身で慶応義塾大学に入学したものの父親の失業で学費が続かず、中途退学をした美紀(水原希子)。
大学中退後、キャバクラ嬢となり、グレードの高い店へとキャリアアップする中で、かつて、一度だけ講義ノートを貸したことのある幸一郎と再会し、その後はズルズルと関係が続いている・・・というもの。

住む世界が異なるふたりの女性の人生がクロスし、それぞれの生き方に変化が現れる・・・ という内容。

インタビューによると監督がこの映画のなかの描きたかったのは、「ふたりの女性、住む世界がちがっていても、それぞれに生きづらさがあり、その生きづらさが表現できれば・・・」ということで、それはかなりのところで成功している。

タイトルで示される良家の箱入り娘であっても生きづらい、ましてや、地方出の庶民の娘なんて猶更。

美紀の側の生きづらさには経済的理由が大きいのだけれど、その解決策として、男に頼ってしまう道を選んでいる。
華子にとっては、良い家庭の専業主婦、という、半ば幻想みたいな価値観に縛られている。

裏を返すと、女性は一段下、男性の所有物・付属物、といった旧弊な男性側の価値観があるということ。

なので、男性からの呪縛から逃れた華子と美紀に、あらたな生き方が目の前に現れる・・・という落としどころですね。

その意味では、わかりやすく面白い映画なのだけれど、すこし物足りなく感じるのは、対比される男性側の描き方かもしれません。

「良家」という枠の数段上をいく「ほんとうの良家」の子息・幸一郎の生き方は、もう「あれしかない」のだけれど、対照的に登場するのが、バカさ加減マックスな美紀の弟・・・
地方の若い男性というのは、ああいうものなのかもしれないが、うーむ、あまりにバカすぎる。

個人的に興味があるのは、映画に一度も登場しないふたりの男性で、
ひとりは、映画冒頭で、華子を振る元・恋人、
もうひとりは、美紀の友人・里英(山下リオ)の弟。

特に後者は、里英そのものが美紀の生き方を変える人物でもあり、里英の実家は地方でもそれなりの良家のようで、実家の会社を引き継ぐことになっている。
「地方の男は、親の人生をトレースするしかない」と劇中で揶揄されるけれど、「親の人生をトレースするしかない」のは幸一郎も同じ。
なので、男性側にも生きづらさはあり、東京と地方を対照的に描くにあたって、見てみたかったな、という思いがあります。

ま、そこまで描くと焦点がぼやけてしまうかもしれないので、少々ねだりすぎかもしれませんね。

評価は★★★★(4つ)としておきます。

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2021年映画鑑賞記録

新作:2021年度作品: 9本
 外国映画 4本(うちDVDなど 0本)
 日本映画 5本(うちDVDなど 0本)←カウントアップ

旧作:2021年以前の作品:18本
 外国映画13本(うち劇場鑑賞 1本)
 日本映画 5本(うち劇場鑑賞 0本)
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この記事へのコメント

ぷ~太郎
2021年03月09日 15:20
思ったよりも面白かったのですが、物足りなさの方が強かったかな。監督は、言いたかったことをより強く伝えるために余分なものをそぎ落としていったのでしょうが、それが裏目に出た感もあり。華子はあまりにも考えがなさすぎにみえるし、窮地に陥った時に助けてくれる友人がそれぞれにいるのも都合よすぎ。世の中、これほど単純ではないです。
りゃんひさ
2021年03月09日 20:31
>ぷ~太郎さん

たしかに、華子はあまりにも考えがなさすぎですね。ただ、思慮深いと、こういう展開にはならないので・・・
また、生きづらさを救ってくれるひとがそばにいるのは、それは生きづらいのではなく、鈍感なので生きづらく感じている・・・ともいえますでしょうかね。