『新世紀エヴァンゲリオン』テレビシリーズ:シリーズのベースにあるふたつの世界観 @DVD

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春先に『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』を鑑賞し、「すごい!」と思ったことは先に記しました。
で、大元のテレビシリーズはどうだったかしらん?
観ているはずだけれど、後半はほとんど覚えていない・・・
なにせ、綾波レイが人造人間だった設定すら忘れていた・・・
ということで、テレビシリーズ新世紀エヴァンゲリオン全26話を改めて鑑賞です。

20世紀最後の年に南極で起こった「セカンドインパクト」をきっかけに、世界人口は半減、地球の温暖化は進み、日本から四季は消えた。
それから15年後。
14歳の少年碇シンジは、ほぼ音信不通だった父ゲンドウから呼び出され、第3新東京市に赴く。
そこでシンジに訪れた運命は、汎用巨大人型決戦兵器エヴァンゲリオンに搭乗し、来襲する巨大な謎の敵「使徒」と戦うことだった・・・

といったところから始まる物語は改めて書く必要がないでしょうが、とにかく謎というか、不明な点が多い物語で、その不明な点が明らかにされないまま、自己啓発セミナーのような最終盤になってしまうので、放映当時、物議を醸しだしました。
(ま、こんなことも書く必要もないのかも)

そんなことになったには、「エヴァンゲリオン」の物語のベースとなった物語のイメージを、総監督・庵野秀明が「そんなことは、わかっているでしょう」と言わんばかりに説明しないから。
キリスト教的世界観がベースにあることは、第1話で描写される巨大十字架や散りばめられたキーワードから「気づくべき(気づかないとダメ)」というのが庵野のスタンスなのでしょう。

ただし、ややこしいのはベースになる世界観がふたつあるところで、

ひとつは、神につくられた最初の人間「アダム」の物語。
アダムの肋骨から最初の女性イヴ(エヴァ)がつくられ、アダムの妻となった・・・と多くの人が記憶しているだろうが、アダムには、神につくられた最初の女性リリスが妻としてはじめからいた。
アダムとリリスの間には、何人もの子どもを生したが、それらはみな悪魔で、その後、リリスはアダムの制止を振り切り、地獄へと逃げてしまう・・・
というもの。

もうひとつは、「知恵の実」と「生命の実」の物語で、
現在、生き延びている人間は「知恵の実」を食べたアダムとイヴの子孫だが、「生命の実」を食べ、永遠の生命を得た者たちがいる。
「知恵の実」と「生命の実」の両方を食べるもの=神であり、永遠の存在である・・・
というもの。

このふたつの世界観が改変されながら、最終的に「人類補完計画」というサードインパクトが引き起こさるのだが、そこいらあたりが最終盤には、絵としての説明もなければ、言葉による解説もされない。

なので、何が起こって、どうなったんだ???? ということになるわけです。
それも「啓発セミナー」のような問答形式で。

そうなんだけれども、個人的には、この最終盤は割と好きで、

自分を形作っているものは、自分の心は、自分の内部だけにあるのではなく、自分をみている、自分を感じている他者の内部に存在するイメージもまた自分である、
さらには、多くの他者のなかには自分を否定的に捉えているイメージもあれば、肯定的に好意的に捉えているイメージもある、
それらすべてをひっくるめて、
さらに、自分自身がもっている自分に対する肯定的・否定的イメージもひっくるめて、「受け容れ」ればいいんだ、

というのは、自我の確立、自己形成で最も重要な部分。

シンジが他者を拒絶するA.T.フィールドを壊すシーンは、ある種、感動的ですらあります。

ただし、その世界が、「人類補完計画」発動後の、個々の人間の形を失い、すべてが融合した人間の世界、というのが、なんとも微妙なのですが。

ということで、テレビシリーズは全エピソードを鑑賞、この後は、最初の劇場版『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 DEATH(TRUE)2/Air/まごころを、君に』を鑑賞したいと思います。

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