『秘密の儀式』:はっきりとしたものがない人間の心理の怖さ @DVD

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1968年製作のジョセフ・ロージー監督作品『秘密の儀式』、DVDで鑑賞しました。
TSUTAYAの「発掘良品」シリーズでレンタルリリースされたものです。
このシリーズ、玉石混交で、どちらかといえば「石」にあたることが多いので、あらかじめ双葉十三郎「ぼくの採点表」の評を斜め読みしてからチョイスしました。
さて、映画。

60年代の英国ロンドン。
一人娘を亡くし、もうかなり年月も経つのに失意から立ち直れないレオノーラ(エリザベス・テイラー)。
娘の墓参りの帰途、バスの中で、未成年と思しき少女(ミア・ファロー)から声を掛けられる。
少女は、レオノーラのことを「ママ」と呼び、レオノーラは少女の瞳の中に、亡き娘の面影をみる。
少女に誘われるまま住処に赴くと、果たしてロンドン郊外の邸宅。
レオノーラと少女の話は?み合わないのだが、少女が自分を母親と思っているのは確かであり、少女は、彼女の母親と先夫との間の子であり、母親には再婚した夫がいたが、その夫も出て行ってしまったことがわかる。
いまや荒んだ生活をしているレオノーラは、この少女が不憫になり、同居するようになる・・・

といったところからはじまる物語で、60年代後半に流行したニューロティック映画(現在のサイコスリラー)。

製作から50年も経っているので、当時の風俗描写などがわかりづらいところがあるが、中年のレオノーラは、かつては中流よりも下の平凡な暮らしをしていたようだが、いまは娼婦となっていることが、冒頭で示される。
そのものズバリの描写ではないが、金髪のカツラを脱ぐところからはじまっており、「黒髪」の女性が「金髪のカツラ」を着けるのは、娼婦であることを示している。
また、少女の邸宅で朝食を食べる描写がいぎたなく、下品で、そのほかセリフでもそれを匂わすものがある。
(60年代当時、平凡な主婦が夫と離別した後の行き先は娼婦、というのも当時の映画での決まり事)

ということで、レオノーラが少女の母親を演じるのは、生活に困窮したことも一因であるが、亡き娘への思い立ち難く、演じているうちに「共依存」のような関係に陥っていくのが恐ろしい。

少女の亡き実父の妹たちには、米国に住んでいた少女の亡き母の従妹と言い、その正体を暴かれずに済んでいたが、ある日、不審な男(ロバート・ミッチャム)が邸宅にやって来る。

男は、少女の母の再婚相手であり、少女に密かに逢いに来たようだ。
だが、窓辺にレオノーラの姿を認めた男は、そのまま黙って立ち去る。
しかし、レオノーラが留守の間に少女に逢い、ただならぬ関係になってしまう・・・

このあたりから、かなりの変態チックな関係が明らかになり、男は幼い少女を見初めたときから気に入り、自分のものにしたいと考えていた。
しかしながら、義父と娘の関係であり、そしてまだ少女が未成年であることもあり、最後の一線までは超えていなかった。
(このあたりの微妙な関係は、少女がレオノーラにいう「わたしの唯一の値打ちは処女性」というセリフからうかがい知ることができる)

そして、これまで未成年と思われていた少女は、いまや22歳になろうかという年齢で、十二分な大人であることが、男の口からレオノーラに告げられる。
おぉ、これには観ている方としてもビックリである。

少女と再会した義父は一線を越えたのか・・・

ここは描写が曖昧で、個人的には判断がつかない。

少女が自らの指を傷つけて、血をシーツにたらすシーンがあるが、これは逆に、一線を越えて血をたらすようなことはなかった、と解することができる。
その後、少女は「2ヶ月も生理がない」といい、旅行先で妊婦を装った行動をとるが、妊娠をしていないが故の行動ともいえる。

その妊婦行動を力づくでとどめようとしたレオノーラに対して、少女はレオノーラが母親でないことを自覚する。
実の母親は死に、自分は母親になれない・・・

自暴自棄の少女は、ひとり、邸宅で大量の薬剤を服んで、自殺を図ろうとする。
少女が薬を服んだまさにその直後、レオノーラがやってきて、いまの失意のどん底の状況を打ち明け、娘が死んだあとに自殺しようとしたことを少女に告白する。
レオノーラの自殺未遂は滑稽な顛末であったが、少女は許さず、そして時遅し、レオノーラが立ち去った後に死んでしまう。

少女の葬式の日、少女の死の原因は義父のあの男だと確信したレオノーラが、男を刺し殺すところで映画は終わるのだが、レオノーラの確信は正しいものであるかどうかは観客には示されない・・・

ということで、この悲劇の原因が何であったのかは、わからない。

ただし、少女が心を病んでいたのは確かだろうし、レオノーラと少女の間には共依存的な心理作用があったにも確かだろう。
義父と少女との間に父娘を超えた心理とそれに伴う行動があったのも確かで、それが少女の心理に影響を及ぼしたのも確かだろう。

しかし、白黒つけられるようなはっきりとした何かは見つけられない。
それがこの映画の怖さであり、面白さであろう。

なお、ロバート・ミッチャムがエリザベス・テイラーに向かって、「太った中年の雌豚」と面罵するシーンがあり、その直後、俯瞰でテイラーの胸元を強調するようなショットを撮っています。
いやぁ、かつての美少女も、そうなってしまった、と、これには驚きました。

評価は★★★☆(3つ半)としておきます。

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2022年映画鑑賞記録

新作:2022年度作品: 2本
 外国映画 1本(うちDVDなど 0本)
 日本映画 1本(うちDVDなど 0本)

旧作:2022年以前の作品: 6本
 外国映画 6本(うち劇場鑑賞 0本)←カウントアップ
 日本映画 0本(うち劇場鑑賞 0本)
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